セレンディピティ

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渡部悠は普通のサラリーマンだ。 よく周りからそう言われるし自分でもそう思っている。毎日電車に揺られて出社し、会社の朝礼での社長の話に辟易とし、たまに上司に怒られ、営業先ではそれなりの笑顔でご機嫌をとる。家では嫁の愚痴を聞き一歳になる子供を寝かしつけ、風呂上がりにビールを飲んでスポーツニュースを見て眠る。Wikipediaの『普通のサラリーマン』の項目に代表例として載ってもおかしくないくらいの『普通』だ。 『お前は何か格闘技を習った方がいいな。お前くらい普通だと普通狩りが始まったら真っ先に狩られるから自己防衛が必要だぞ。』 同僚の遠藤司が大真面目な顔で忠告してくる。会社の昼休憩時だ。 『普通狩りってなんだよ。魔女狩りみたいなものか?』 渡部は昼食を口にしながら適当に相槌をうつ。 『魔女狩りより恐ろしいぞ。魔女は世の中のはみ出し者だから狩られていった。だから普通のやつらが生き残ったんだ。その点普通狩りをやったらはみ出し者しか居なくなるんだからな。世も末だよ。』 まるで本当に普通狩りが行われた後の世を生きたかのように、遠藤は渋い顔になる。突拍子もない発想を自分の中で膨らませてそれが現実のように話す。遠藤の得意技だ。 『普通狩りなんて誰が判断するんだ?魔女は見つかるかもしれないけどどうやって普通を見つけるんだ?』 渡部が聞く。 『簡単だよ。周りに少し変わった人はいませんか?ってアンケートをとるんだ。それでどこにも名前がかかれてなかったらそいつが普通。』 遠藤は当たり前だろ?という雰囲気を漂わせている。 『そんなことしたらほとんどの人が普通になるぞ。変な人って思われてるやつなんかは共通してるもんだろ?ほとんどが普通認定されて狩られるんじゃないか?』 渡部が疑問を呈す。 『甘いな渡部は。周りから変な人って思われてるやつは意外と多いぞ。我が社内でも変なやつは腐るほどいるだろ?』 一番周りから変だと思われてそうなおまえじゃないか?と渡部は思ったが口には出さない。 『例えば朝礼で毎回孔子の話をしてくる社長から始まり、誰が見てもカツラなのに地毛と言い張る部長、新人のくせに定時で帰ってメイドに夢中の室谷、あっそう言えば』 わが社の変人録を途中まで描いた遠藤は思い出したように付け加える。 『今度新しい部署が出来るらしいぞ。』 その話に渡部は顔をしかめる。
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