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「こないだは……妹を助けてもらって感謝してる」
いきなり礼の言葉を発した光弘に、樹は黙ったまま目を丸くして彼を見た。
そういえば、この間は突き飛ばされただけで彼とは何も会話をしなかった気がする。
言ったあと、光弘は気まずさのためか再び下を向いた。
「え?ああ……いいえ。妹さんが無事で良かったですよ」
光弘がジントニックをオーダーしてきたので、樹はグラスを用意し手際よくビルドして差し出した。
光弘は黙ったままそれをぐいっと飲んだ。
「こんな時間までお仕事ですか?早く帰ってあげないと妹さん、家で一人ぼっちで待ってるんじゃないんですか?」
「うん……そうなんだけどさ」
おかしな沈黙が流れる。
光弘がこちらに目を合わせようとしないので、何かあったのだなと樹は察した。
「妹は、汐里は……オレのこと避けてるみたいで」
少し間を置いたあと光弘が言った。辛そうな顔つきだ。
毎日、家に帰ってくると夕飯は用意されていたのだが、いつもの汐里の手料理ではなく冷めきったハンバーガーの包みがテーブルの上に一個だけ置かれている状態であったり、また別の日にはじゃがいもが生のままゴロンと三個転がっていたこともあったらしい。しかも芽の出た状態のものが。
汐里に尋ねようとして彼女を呼んでも、光弘に向かってクッションを投げつけたあと、自分の部屋に引き籠って出てこないというのだ。
そして朝食は期限の切れた食パンの袋がぽつんと置かれ、後はご勝手にという雰囲気があちらこちらに感じられるという。
しかし今朝はついに何も置かれなくなってしまったというのだ。
話し掛けようとしても兄の姿を見るなりどこかへ消えてしまうし、そこまで嫌われてしまっては家に帰るのも辛くなってきたとのことだった。
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