【9】ムーンリバー

14/18
前へ
/193ページ
次へ
ゆらゆらと揺らめく水面。汐里は夜の海を見つめていた。 柵にもたれ、水際に一人立っている。 今夜の月はいつもに増して大きく、そして明るく輝いているように思う。 柔らかい光に揺さぶられ、波の音が優しく響いていた。 ピンポーン♪ 突然、玄関のチャイムが鳴った。 夢の世界から一気に呼び戻された汐里はハッとして顔を上げた。 テーブルに突っ伏して、いつの間にか寝てしまっていたようだ。 もしかして兄が帰ってきたのかもしれない。 ふと見ると、時計の針は夜中の一時をとっくに過ぎているではないか。 こんなことなら先にシャワーを浴びておけば良かった。 最近は兄とはまともに話をしていない。 今まで毎日頑張っていた家事も料理も、ここ一週間は全く出来ていなかった。 やろうとは思うのだが、その度に不安が押し寄せ身体が重くて動けなくなる。 虚ろな目で、まるで頭にモヤがかかったような、どんよりとした気分になってしまうのだ。 麻耶と咲子が遊びに来てくれる時は、それなりに元気が復活する。 しかし彼女たちも忙しく、毎日は来られない。 そんな日は彼女たちからスマホに届くメッセージに返信をするのが精一杯で、昼間ぎらぎらと照りつける明るい太陽の下、外に出ようという気持ちにもなれない。 買い物にも行けず、ため息とともに家の中でごろごろしているような毎日だ。 元気印だったはずの自分が、真逆になってしまった。 汐里は、こんな自分がこの先どうなるのか不安でたまらなかった。 とりあえず、チャイムが鳴ったので放っておくわけにはいかない。 のっそりと起き上がって重い足取りで歩き、玄関前の廊下までやってきた。 だが、汐里はふと考えた。 兄が帰ってきたのなら、なぜ自分で鍵を開けて入ってこないのだろう。 不安な面持ちのまま、汐里は玄関の様子をモニターで確認した。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加