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「あっ……!」
画面を見るなり汐里は表情を変えた。
慌てて扉の前まで走り寄り、そして鍵を開けた。
玄関先には、樹が立っているではないか。
酔い潰れてぐでんぐでんになった兄を肩に担いでいる。
こちらに向けられた柔らかい笑顔が、いつもに増して何だか優しく思えた。
「夜遅く、悪いね」
「ううん、そんなことない」
樹は真っ直ぐ彼女を見た。少しやせたように思える。
不安と喜びを一緒に感じているような、くるんとした瞳がこちらに向けられていた。
パジャマ姿ではなく、普段着だ。
まだ眠らずに兄を待っていたのだと思うと、健気に感じる。
兄の話では冷たい仕打ちをされるとのことだったが、少し違うのではないか。
きっと汐里は今、生きるのに必死なのだと樹は悟った。
ピンクのブラウスの袖から出ているか細い腕が、より華奢に思えてくる。
「兄さん。送ってきたんだけど、どこへ運んだらいい?」
「うちの兄が迷惑かけてごめんなさい」
汐里は深々と樹に頭を下げた。
樹は、「ホント、世話の焼ける兄妹だよな」と言って静かに笑い、リビングまで光弘を運んでソファーの上に転がした。
そして再び玄関まで戻った彼は、汐里に話し掛けた。
「今日は会えて良かった。どうしてるかなと思ってたから」
優しく笑っている樹を見て、汐里は自分の心の奥底がきゅうんと音を立てたのが分かった。
彼女は「お茶を入れるからゆっくりしていって」と言ったが、時間ももう遅い。
「外にタクシーを待たせてあるから帰るよ」と樹は答え、靴を履き直した。
ドアを開けようとした瞬間、彼はふと立ち止まって言った。
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