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私は本当に単純だから。先輩のその表情を見れただけで、痛さなんか忘れそうになった。
「どうしたもなにも、これ」
「あ、」
これ、といって先輩が見せたのは私が先ほど先輩の靴箱に入れたトランプの束だった。
「これ、くれたの杏でしょ?」
「え、あの、どうして、私だと?」
「内容見たら分かるよ」
カァッと顔に熱が集まる。名前を書いていないのに、こんなにも簡単にばれてしまうのならいっそうのこと名前を書いておけばよかったと後悔。
ふわふわの少し茶色に近い猫っ毛を揺らして、先輩はにこりと微笑んだ。
なにをしてるんだろう。そう想った。なんで、卒業式の日に私は先輩に迷惑をかけているんだろう。冷静にそう想った。
「あ、先輩なんかすみません、よくよく考えたらこんなのもらっても迷惑ですよね、てか気持ち悪いですよね。先輩、彼女さんいるのにすみません、本当に、」
「杏、静かにして」
恥ずかしさのあまり、勝手に言葉がまるでダムが決壊したみたいに溢れ出てくる。そんな私の言葉は、先輩の静かな声に止められた。
「杏、聞いて」
「……」
「俺、彼女とは1ヶ月くらい前に別れたんだ」
「……え、」
「どうしても、他に好きな子ができたから」
ゆっくりと、先輩は私の前まで来て、足を止める。
「今日、その子に告白しようとおもって」
「……」
「なのに、」
先輩はそういうと持っていたトランプの束を両手で扇のようにひらいて、私へと向けた。
「先に、こんな大告白されちゃったから」
「え、」
「内容見てびっくりしたよ、だってこんなの俺が杏のこと好きなのだだ漏れじゃん。俺がこんなに優しくするのも、気にかけるのも、好きな子にだけだよ」
「うそ……」
「嘘じゃないよ」
「……」
「てか、俺、これもらってだいぶ自惚れてるけど、杏に好かれてるって」
そういうと先輩は目尻を下げて幼く笑った。
「先輩、大好きです」
ーー先輩の卒業の日。私達は始まった。
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