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 私が、自分のことを『僕』と呼ぶ女の子に初めて会ったのは、大学の入学式の日だった。  講堂であった入学式の時、私は近くの席にいたアズミと意気投合した。その後、式が終わり、私達は、講堂前にある桜の木の下で、お喋りをしていた。  アズミはとても楽しい人だった。明るくて、ノリも良くって、一緒にいると笑いが絶えない、気が合う同級生。  そんな私達の前に、あの子が現れた。  その女の子は、自分自身のことを『僕』と呼んだ。女子なのに、とても変だった。でも、それをあからさまに顔に出したら、印象を悪くしてしまいそうだった。今日は入学式だ。私は良い印象を振り撒きたかった。  だから私は、努めて明るく、目の前の女の子に返事をする。ついでに、自己紹介も行った。  「初めまして。宮越千尋です。あなたの名前は?」  そう私に聞かれて、女の子は、挙動不審な行動を取った。気持ちが悪い。だけど表情に出さないように、私は堪える。  女の子は、自分の名前を「鈴嶋茜」と名乗った。  茜は、とても痩せていて、背も小さかった。そのせいなのか、とても大学生には見えない。リクルートスーツも似合わず、むしろ、高校の入学式に参加しているのではと、疑ってしまうような雰囲気だった。顔もどこか幼げな上に、地味だった。私が嫌う田舎っぽい顔立ち。  茜の姿は、私にそのようなイメージを与えた。  でももちろん、それを口には出さなかった。茜の挨拶に私は笑顔を作り、返事をする。  「こちらこそよろしく」  茜はとても嬉しそうな顔をした。反面、私はあまり茜とは関わりたくないと思ってしまった。おかしな性格の、地味な子だ。  アズミもそう思っているらしく、顔に露骨な嫌悪感が滲んでいた。私は、そのせいで笑いそうになったけど、茜はなぜか、それに気が付かず、私の方ばかり見ていた。変に懐かれたらどうしようかと、危惧の思いが頭を掠める。  それが、茜との最初の出会いだった。    翌日になった。  今日は、大学で、履修登録や単位などの説明を行う、オリエンテーションがある日だった。  私は、SNSのチャットで、アズミと連絡を取り合い、オリエンテーションのある教室で会うことにした。  私は早めに、自分のアパートを出る。  私のアパートは、大学のすぐ近くにあり、大学に着くまでものの五分と掛からない。通学には適しているけれども、防犯の面が不安だった。本当なら、オートロックの建物が望ましかった。しかし、近場にそのような都合の良い物件はなく、私は嫌々ながらも、このアパートに住むことにした。  大学へは、あっという間に着いた。  大学内で一番大きい教室へと入り、私はアズミの姿を探す。始業まで間があるから、学生の数は半数ほどだった。  アズミの姿を探しながら、席の間の段差を登って行く。アズミはまだみたい。  「おはよう。官越さん」  近くの席から突然、声を掛けられ、私はびっくりした。ハッとして声がした方を見ると、茜が席に座っていた。  私は、少しうんざりした。またこの子か。なんで私に話し掛けるんだろう。  私は、心の声が顔に表れないように、表情を和らげ、茜を見る。  そして、精一杯の笑みを浮かべ、挨拶を返した。  「うん。おはよう」  そして、一瞬の躊躇の後、茜の前の席へ座る。本当は、茜の前などに座りたくなかったのだけど、無下にすると、後が怖いと思った。より執着が増しそうな気がした。それに、周りの目もあった。おかしな子とでも、話をしてあげる人間だという印象を与えたかった。  私はアズミが来るまで、茜と会話を行った。話の内容は何の面白味のないものだった。私は終始、笑顔を崩さないまま、茜に付き合う。  茜はとても楽しそうだ。私はまるで、接待するキャバ嬢のような気分に陥った。この時間は大変苦痛で、早くアズミが来ることを強く願った。  少しだけ時間が経ち、私達に声が掛かる。  「おはよー。千尋。ここ空いてる?」  アズミだった。私はアズミのその声を聞き、ホッとした。  「おはよ。アズミ。空いてるよー」  私はアズミのために、席を空けた。そして、アズミはその席に座る。  アズミは茜をひどく嫌っている。それはあからさまに態度に出ていた。今も、まるで茜がそこにいないかのように、振舞った。完全に無視を決め込んでいる。  私も出来るなら、同じ真似をしたかった。明らかに、合わない人間と関わるのは、非常に疲れる。それに、私にとって、大したメリットがない。茜は私には必要がないのだ。  アズミが隣に座ったので、私はアズミと話をした。やっぱり、茜と違って、アズミとの会話は楽しい。これも気が合うお陰だと思う。  背後にいる茜の視線を強く感じたが、私は気にしないようにした。    本格な大学生活が始まった。  キャンパスライフは、とても華やかで、充実していた。  私には大勢の友人が出来た。アズミを始め、同学年の女の子達や、男の子達が、私達に話し掛けてくれた。  私は、自分の容貌の良さを知っている。  昔からだった。特に何をするわけでもないのに、自然に周りに人が集まってきていた。  アズミも似たような感じだった。アズミは私よりも、派手めの容姿で、性格はキツいところがあったけど、人気を得ていた。  特に私達は、男子学生からよく声を掛けられた。その内の何人か――見た目が良いイケメンなど――と連絡先を交換した。  アズミはもっと積極的で、イケメンと見るや、すぐに飛び付き、すでに肉体関係も持ったようだった。  私も何人か、気になる男子を見付けていて、その中の一人が、一年上のアツシだった。サークルの勧誘を受けた時に、連絡先を交換したのだ。アツシはバンドをやっていた。小さいが、ライブハウスで時々、ライブ演奏をやっているみたいだった。今度、そのライブに招待してくれると言ってくれた。私は、とても楽しみにしている。  プライベートも、キャンパスライフも充足した日々を送っていた私だったけど、一つ気になることがあった。  茜の存在だった。  茜が私に付き纏っていることは、すぐにわかった。常に、私は茜の視線を感じていた。  茜は、私に合わせて行動しているようだった。座る席も、私を意識した位置を選んでいるみたいだった。  私はとても、不快だった。非常に気持ちが悪い。  おかしな懐かれ方をされてしまったみたいだ。入学式の日、変に好意的に接してしまったことを、私は今更、後悔した。  ある日の朝、私はアズミと一緒に、構内にある学生掲示板へと寄っていた。  そこで、時間割や、学生向けの情報などを知ることができる。  私がアズミと掲示板をチェックしていると、唐突に声が掛かった。  「お、おはよう」  声だけで、茜とわかる。私は嫌気が差したものの、咄嗟に笑顔を作り、応対する。  「おはよう」  「あの、宮越さんは、サークル入るの?」  茜の言葉に、私は悩んだ。恐らく、茜は探りを入れている。私はすぐにわかった。  そのため、ありのまま、入る予定のサークルのことを話した場合、茜は、そこにまで着いて来そうだった。それはとても嫌だ。今でさえ、辟易しているのに。  私は、言葉を濁すことにした。  「うん。先輩から声がかかっているから、そこに入るつもり」  「何のサークル?」  茜がそう訊き、私はやはりと思う。茜は私に合わせて、サークルを選ぶつもりだ。  私は、どうしようかと逡巡する。その時、アズミが助け舟を出した。  「ねえ、もう行こうよ」  アズミはそう言い、茜を睨みつけながら、私を引っ張って、茜の前から私を連れ出してくれた。心の中で、ナイス、と呟く。  「じゃあまたね」  私は、戸惑った表情を作り、茜に向けて言う。  茜は、ポツンとその場に取り残された。
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