第1章

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 さて、話を戻そう。  ぼくとしては、彼女がぼくの告白を覚えていたことの方が驚きであった。  というのも、その告白に返事がもらえずに二年が経っていたからである。  告白なんてなかったことにしているか、きれいさっぱり忘れ去っているものだと思っていたのだ。 「あの時のあなたは、目をキラキラさせて、頬を紅潮させて、緊張で小さく震えて、いやぁ、可愛かったなぁ。」  グェヘッヘ、という擬音が似合いそうな調子だった。  キモいと思った二秒後くらいにこれも可愛いかなどと考えだす、とても不思議な感覚を味わいながらぼくは彼女を観察していた。  それは間も無く6月に入ろうという5月の終わりのこと。  それとなく例の告白の件を話題に乗せて見たのであった。  多分ぼくは、返事を聞きたかったのだろう。  思い出話のていで、あの告白の続きを求めたのだろう。  不毛なことをしたと、今では思う。 「まあ、ぼくも若かったんですよ先輩。」 「今もそんなに変わらないじゃないですか先輩。」 「二年もあれば人は色々変われるんですよ先輩。」 「二年くらい大したことないって言ってませんでしたか先輩。」 「それは時と場合によるのですよ先輩。」  ことりとグラスを置いて、彼女は静かに震える。  何かまた地雷でも踏んだだろうかとぼくはこわごわ彼女の様子を伺う。 「もう! 私を先輩って呼ばないで! 今はあなたが先輩なの!」  本当によくわからないところにスイッチのある人で、ぼくはほとほと困惑するばかりだった。 「だって、先輩は先輩じゃないですか。」 「もう違うもん。」 「いや、確かに大学ではぼくの方が先輩ですけど。」 「重要なのは今。それだけ。過去のことは気にしない。いい?」 「えー。」 「『えー。』じゃない。」
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