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今にも泣き出しそうな曇天の下。
灰色に煙る冬の海を渡る風は、容赦なく俺を切りつける。
恋人が逝ってから3ヶ月。
日常は規則正しく時を刻むのに
俺だけが取り残されたまま立ち尽くしていた。
鈴はもういない。
頭では解っているのに、心がそれを受け入れてくれない。
通夜の晩…
一人娘を喪いながらも気丈に振る舞うお袋さんの頬に
光るものを見た時も
彼女の親友が棺に取りすがり泣き叫ぶ姿を目の当たりにしても
俺は一粒の涙も溢さなかった。
泣いたら何もかもが崩れ去ってしまいそうで…
認めたくなかった。
鈴のいない世界など…
寄せては返す波の音が耳を打つ。
夕べ夢を見た。
記憶の頁をめくる。
どこを開いても俺の中の鈴は笑っていた。
ふくっれ面も、困ったように眉を下げた顔も
驚き、目を見開いた後も――結局はみんな笑顔へと繋がっていく。
なのに夢の中の鈴は、何故か泣いていた。
初めて見る泣き顔?
いや‥違う。
五月晴れの午後。
俺は、鈴に嘘をついた。
悲しい現実を誤魔化すために『冬の海を見に行こう』と。
それは叶わぬ約束と知りながら。
―――――…
売店から戻ると、鈴は窓の外を眺めていた。
水滴の浮かぶペットボトルを差し出すと「サンキュー」と言い微笑んだ。
ウサギのように真っ赤な瞳をして。
不甲斐ない俺は、折れそうな細い身体を黙って抱きしめる事しか出来なかった。
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