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傍らに置いていた薔薇の花を掴むと、立ち上がり
波打ち際まで進む。
あの日。
うっとりした目で見つめていた
スプレー薔薇”コットン・キャンディ”
鈴は『綾斗にぴったり』と言っていたが、俺の想いは
全く違う処にあった。
いつも元気で明るくて、少し口が悪いけど面倒見がいい姉御肌。
男勝りに見られていたけど、ホンとは綿菓子みたいに繊細で脆く傷つきやすい。
そんな鈴の内面を表したつもりだった。
俺だけが知っている弱い鈴。
だから、強がらなくていい。
もっと甘えて欲しい。
そう伝えたかったのに、寸前でなんとなく
気恥ずかしくなり、口の端まで出た言葉を
あわてて飲み込んでしまった。
右手を大きく振りかぶり、黒い海へ放ると
小さな薔薇は、抗うことなく波に揺蕩う。
目を凝らし、行方を見守っていたが
すぐに跳ね上がる飛沫が淡い彩を覆い隠し
その姿を見失ってしまった。
長い長い溜息が零れ落ちる。
それに呼応するように、厚い雲がとうとう泣き出した。
ぽつりぽつりと冷たい雫が俺の頬を打つ。
―――――雨粒は泪。
夢の中で泣いていた鈴の姿が蘇る。
鈴は何度も繰り返し俺に言った。
『もう嘘はつかないで。泣いてもいいんだよ』
激しさを増していく雨脚に身を任せていると
自然と涙が溢れてきた。
もう…嘘はつけない――
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