鰐と義眼と赤い河

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鰐と義眼と赤い河

「忘れ物ないか?」 「…大丈夫」 鞄を手に宿の部屋を出て階段を降りる。宿賃を二人分支払い帳簿に名前を書いて。 「おっちゃん。世話になったな」 「此方こそ。義眼の旦那に鰐革の旦那。また近くにお越しの際はご利用下さい」 「あぁ。いつになるかは分からんが。また来るよ」 「良い旅を」 熊猫主に見送られて、グリチーアと鳶は宿を出ていった。 薄寒い空気の中で二人分の足音が、たったった、かつかっかつと響く。 ヴィシュニカ駅に着けば、既に始発の列車が停留場に停まっていた。刈安色の制服を着た雄鶏が拡声器を片手に、十五分早く列車の発車を眠たげな声で告げている。 「しまった。鳶、走るぞ」 「え?おぉ…」 改札を抜けて鞄を両手に抱えたまま走り出す。二人が列車に飛び乗ったと同時に発車の鐘が鳴り、扉が閉まった。ガタンと、軽い揺れにはぁ、と息を吐いて。 「…危な」 「余裕持って出てもこうなるんだよ。客が居ないって分かればすぐ出るから」 扉の窓から見える景色は一目散に走り抜けていく。一瞬だけ二人が泊まっていた宿が見えて。 それもすぐに消えてしまった。 「席行くか」 「おう」 車両の扉を開ければ早朝の始発列車。それも十五分も前倒しして発車した列車の客席はがらがらに空いている。適当な四人掛けの席に座って、漸く一安心とばかりに鳶は息を吐いた。 「安心してられねぇぞ。この後ヌマハットまで二回乗り継ぐからな」 「面倒くさい…」 「終点のナンターで一回。ラーヴァイダで一回。覚えたな」 「無理。グリに任せる」 「…お前なぁ」 「昨日飲み過ぎて眠いんだよ」 「寝るならヌマハットの宿に着いてからにしろ。列車に置いてくぞ?」 「判った。頑張る」 鳶は眉の上を指でぐぃぐぃぃと押して、その微妙な痛みに覚醒を促した。  「…次はいるといいな。思い出売り」
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