鰐と義眼と赤い河

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座っていた紳士は猿だった。顔に深く刻まれた皺は種族特有のものではなく、重ねた年齢によるものだと鳶でも判断できる、老猿紳士だった。 「席、ご一緒してもよろしいでしょうか?」 「……おめぇ、その頭の羽」 「え?俺?」 「飾りか何からか?」 「…いや、生まれつきですけど」 老猿紳士は鳶の髪に混じった細かい羽毛を見て、次に鳶の隣に立つグリチーアに視線を投げて。 「…何か?」 グリチーアの漆黒の髪に一片の羽毛も獣毛も交じっていない事を確認するや。 「侵略者と座れてが?」 「は?」 「どいつもこいつも…座りたきゃ勝手に座れ」 顔をしかめて席を立って。隣の車両へと移動してしまった。 「何だ?あの猿」 「あー…俺か」 「え?」 「気にする事ねぇよ」 グリチーアの後ろに立っていた子連れの牡犬が、憮然とした表情でグリチーアに声をかけた。一見して犬の親子だが顔はどちらも犬の様にも人間の様にも見える。 グリチーアは父犬に苦笑いを浮かべて、 「やっぱり俺ですか。覚悟はしてたんですけど、いざやられると厳しいですね」 「あ、あのおっさん。人嫌い?」 「マブアートの民だって思ったんじゃねぇか?マブアートじゃなくてルバチカなんだけど、人間の国だし。似たようなもんか」 「俺もさっきやられたよ。俺は母親が人間なんだが、人間と混じってるのは悍ましいってよ。自分も猿のくせに…」 「貴方からしてみれば人も猿も同じようなもんですか?」 「猿からすりゃ全然違うんだろうけど、生憎と親父譲りの色盲でな。目はあまり良くないんだ。せっかく空けてもらったんだから、座りなよ」 「宜しければ、ご一緒にどうです?お子さんもいるし」 「…助かるよ」 少しばかり強面の父犬が柔らかく笑い。眼鏡をかけた子犬に座るよう促して。 グリチーア、鳶、父犬と子犬が四人掛けの席に座った。 「お兄さん達は旅人か?」 「えぇ、ヌマハットに向かう所です」 「ほぉ」 「着く前からこんなで、先が思いやられますけど」 「いいや本当に一部の猿だ。こんな時代でもまだいるんだよな…」 父犬の隣に座る犬の子供はグリチーアの眼が珍しいのか、ジィッとグリチーアの眼を見ていた。 「こら。じろじろ見るな」 「いえ、構いません」 「だけどお兄さん、」 「坊。これ見るか?」 グリチーアは鞄を開けて平べったい木箱を取り出して蓋を開けた。 「…う、ほぁ」 木箱の中には、硝子で出来た、大小様々な丸い球が二つを対で並べられている。色も珊瑚、灰桜、躑躅色、猩猩緋、海老茶、赤銅、黄丹、青丹、裏葉柳、白群、青磁鼠、薄花桜、青藍、藤納戸、留紺、黒橡、烏羽、源氏鼠、絹鼠、卯の花。
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