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その横に人の指程の長さで平べったい、黒い合成樹脂の束が入っていた。
「義眼を見るのは初めてか?」
「ぎがん?」
「目の代わりになるもんだ」
「はじめて!」
「これが犬用で。これが熊。このでっかい奴が象の義眼」
「ぞうさん?」
「そう、ぞうさんの眼」
「すごーい。キラキラしてる」
父犬もまた、義眼を見るのは初めてか。興味深げにグリチーアの義眼を見て、
「お兄さんは義眼職人か?」
「いえ、行商です。装着は出来ますが、作るのは出来ません。これはシバートの職人から定期的に仕入れている物ですよ」
「なぁなぁ。お兄さんは何で目がこれと同じなの?」
「え?」
「ストゥルータイ!」
咄嗟に父犬が叱るも、子犬は何が間違っているのか何を間違えたのかわからない顔で父犬を見上げ。再び、グリチーアに訊いて強請った。
「なぁ、このキラキラしたのと同じのつけてるよね?」
「…うん。まぁな」
「何で?なくしたの?」
壮丁は、グリチーアが義眼を装着している事に気づいてはいたが。その経緯を敢えて訊く事はなかった。それは訊くまでもなく知っていた事だったし。半年前までは皆、グリチーアの様に奪われまいと必死だった。子供は黒猫という義眼泥棒がいた事も、壮丁が必死にわが子の目は奪われまいと守っていた事も、何も知らない。
何も知らないから、何も悪くない。
「……お兄さんは、阿呆なんだよ」
「なんで?」
「星を見てたら、なくしちまった」
「え?どこにあるか、」
「分かんねぇなぁ。ひょっとしたら、星になったかな?目はとっても大事なもんだ。目がないとお父さんの顔も見えないし。なぁんも見えない。だから、自分の目を大切にしろよ?」
「うん。早く見つかるといいね」
「…ありがとな」
鳶はグリチーアを見る事なく、じっと窓の外を眺めていた。早く見つかるといいね。見つかる訳がない。半年前に黒猫が処刑されて、その仙窟がシバート帝国軍によって暴かれたが。数百数千と言われる奪われた眼球は全て、ドロドロに腐っていた。
黒猫に奪われたグリチーアの眼球は永遠に戻ってくる事はない。父犬はばつが悪い顔で目を伏せて。子犬の言葉に曖昧な返答を繰り返すばかりだった。
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