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狐は人間の子供ほどの背丈で器用に後足で平衡を保ちながら、自分よりもずっと背の高い男に向かって喚いている。対して人間はせっかくの整った顔が悪人染みていて、はだけた襯衣から覗く体毛は猿と見間違うほどに濃い。
「なんだこれ?」
「あぁ、来たのかグリチーア。わざわざ来て貰っておいて悪いな。少し、待って貰っても良いか?先に書いててくれ」
グリチーアの来訪に気づいた警察官が、ピクピクと耳の先端を痙攣させながら。グリチーアに書類の挟まった画板を差し出した。グリチーアはそれまでの苛立ちや焦りはどこへ行ったと言わんばかりの心底気怠げな緩やかな動きで断り。
「いや、出直すわ。ちょっと、面倒くさい事に」
「義眼の旦那ぁ!」
畜生。見つかった。
グリチーアの存在に気づくや否や。言い争っていた狐がグリチーアの方へとぽてぽてと俊敏に近寄って。ぷいと視線を狐から逸らすグリチーアにはお構いなしに喚きたてる。
「旦那。義眼の旦那でしょ?旦那、まだこの街に居ったんですかい?ちょいと、旦那。あたしでさぁ。友達売りだったミケでさぁ。無視しねぇでくだせぇな。あたしの無実を証明してくだせぇ。あたしが自分の商品を傷つけるような阿呆な事する筈がないって。この旦那にビシィッとバシィッと仰ってくだせえ!」
警官は意外そうにピクリと耳を震わせ、
「何だ。友達売りと知り合いか?」
「知らな、「外野はすっこんでろ!」
「言われなくてもな」
興奮冷めやらぬ男の罵倒に冷静に返し。グリチーアの台詞に狐が涙をうるるると滲ませて。
「旦那ぁ。見捨てんでくだせぇよ。旦那とあたしの仲でしょうに!」
「どんな仲だってんだ。どうせまた、派手にぼったくったんだろ?自業自得」
「違いますって!こちらの旦那には先程初にお目にかかったんでさぁ」
「はぁ?」
怪訝に眉を寄せたグリチーアに警察官が
「数日前、友達売りが車内販売でこちらの観光客に友達を売ったんだが」
「待って?俺、助けるとか言ってねぇから」
「その友達に眼球がなかったって話だ」
「……眼球?」
ピクリとグリチーアの眉尻が痙攣した。ギョロリと動く藤鼠色の眼が男を捉え。
「本当にないのか?」
「あ、あぁ。本当だよ…」
「血は?」
「え?」
「友達の血は流れてたか?」
「え?えっと」
急に言葉を濁した男にグリチーアは言葉を改めて。
「眼窩から血は流れていました?」
「そんな、もの。な、流れて…」
「その眼球がない友達は?ここにいるのか?」
男の追及はあっさりと諦め。グリチーアは警察官に確認を求めた。
「あぁ、連れてこようか?」
「ついでにあの阿呆鳥も頼む」
「判った。警部に知らせるよ」
警察官は十段飛ばしで玄関広間の階段を駆け上がっていった。
「…はぁ。面倒くさ」
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