鰐と義眼と御持成

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交点で店主は、左の角を指さして歩いて行った。右に行きかけた鳶は慌てて左に走り、 「…あれ?ここ、どこ?」 先程と似た景色に、目の前で道案内されながら既に宿への帰り道を見失った。 「あそこで売り口上並べとるんが、新聞売りのテンギです」 青い看板のある角を曲がった先にある大通り。その通りに面した臙脂色の郵便箱の上に立って。子猿が大量の新聞を口上と共に売っていた。 「さぁサ北から南へ西から東。彼方此方の真の話。嘘偽りはありゃしませン。大注目は彼のルガヴァルに住みし若猿だァ。右の中指が行方不明ってんデ親類親族大慌て、意中の牝は最早用済みとばかりに熱が冷めたもんだからこりゃぁ大変だァ。左の中指じゃいかンのかねぇ?全く牝ってのは恐ろしいもんだァ。彼の中指の居所や如何に。意中の牝との逢引や如何に。この続きは紙面にて。さぁサぁ、知りたいお方は買っておくんなァ」 子猿が放つ威勢の良い売り口上に。鳶は勿論、グリチーアも。 足を止めて聞き入ってしまった。 「お客さん?どんげしったん?」 「いや、油や唐辛子や甘蕉だったら他国で見た事はありましたけど。新聞の売り口上は初めて聞きました」 「これ、いつ終わるんだ?」 「あっはは。そんげがん気にしねぇて、パッと行ってパッと買うたら良いんですて」 「そんなもんか?」 買う時機を計りかねるグリチーアと鳶に店主は苦笑いを浮かべて。 「そうせ、ちっと待ってなせや。買うてきますけ」 「いや、そこまでして頂く訳には」 「良いすけそこにいてくんなせ。うちのムスィにも買わんかねぇし、序でらて」 店主はそう言い、新聞売りの子猿の立つ郵便箱に近づいて。 「テンギ」 「へい!何部で?」 「相変わらず元気な口上らこと」 「あややや、オクのかみさん。ご無沙汰してます。ムスィの姐さんは元気らかね?」 「おぉ。ぴんぴんしったわ。おめさんによろしゅうらと。二部くんねろっか」 「へい!毎度!二部とぁありーがとぉ。なにや?お上から賞与でも?」 「何さへぇ、一部はおれのがんらろも、もう一部はあっちのがんらわね。おめさんの口上聞くんが初めてらて、はんね尻込みしてぇぁんて」 「おここおここぉ。ツルッツルのピッカピカでねっか」 「もーぐれてぁんねんの」 「へへへっこりゃ失礼。いや、そぉらろもはんね、きれぇな外皮らことぉ。遠目から見てもしぃーれて雪みてぇでねっか。そうせ、あれらかね?いっぺことジョリジョリしったんかね?」 「おめさんなぁに言ったん?あのお客さん人間らて」 「ふぇっ?」 「なにや?良いすけへぇ」 「オクさん。あのしょら人間らかね?」 「おめさん人間見るぁん初めてらか?」
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