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「恐らく使ったのは錐だ。眼窩に細かい刺傷、視神経に引き千切られた痕跡が見られる。取引したのが数日前ってのが曖昧だけど、にしても体液が乾きすぎだ。抉ったのは大体一か月前。この狐があの青兎以外の友達を全て聖域ラシュークミに寄付して自主廃業した、一か月後だな」
「え、えぇぇえええ!」
驚愕の声を上げたのは警官の方だった。
「友達売りお前…友達売りを辞めていたのか?」
「だからさっきからそう何度も言ってるでしょ!信じてなかったんですかい!」
「いや言ってない!言ってないから!」
「自主廃業した時、俺も鳶も居合わせてるから証人にもなれるぞ。キニーダ国に問い合わせりゃぁ、許可証の返却も確認が、」
「グリチーアの証言だけで十分だ」
「あ、そう。んじゃ、おやっさん。そう言う事で後はよろしく」
グリチーアの声が男を飛び越えて、男の背後に立っていたナイム警部に、しかと届けられた。
「おう、任せとけ」
その場になかった声の登場に男はばっと振り返り。ナイム警部の暗赤色の目が男を捕えた。
「話は聞かせて頂きました。貴殿のお国での法は存じませんがここはラマーマ。ラマーマの法に則らせていただきます」
「は、はぁ?」
「被害の偽証はこちらでは軽くも犯罪でございます。ご同行願いましょうか」
「ふ、ふざけんな!」
ふざけるなとは何とも陳腐な言葉だと、グリチーアは逃げ出す男と追いかける警察官を眺めながら。玄関広間の長椅子に腰掛けた。
「お、久しぶり」
長椅子の上に座る小さな青兎がスンスンと鼻を鳴らし、グリチーアの右手の匂いを嗅いだ。露草色の毛並みが玄関広間の照明で照らされ、微かに空色に煌めく。
その眼窩には、桜色の硝子が埋め込まれていた。
「お前の主も大変だな…」
グリチーアは、男と兎警官との乱闘を穏やかな心地で眺めて。
突然耳に入った高音域に、それまで成りを潜めていた苛立ちが暴発した。
「っ!」
それは何度も何度も耳にした声、否、歌であり。何度も何度も歌うなと禁じていた筈の歌だった。
「…あんの、阿呆鳥……」
青兎はピク、と動きを止めたが何事もなくまた鼻を鳴らした。
急に動きを止めた男を取り押さえた警察官は、男を別室に連行していった。その警察官達の素晴らしく機敏な動きを見る限り、今の歌が警察官に影響を与えたわけではなさそうだ。
グリチーアだけが、ギュルルルと藤鼠色の眼を忙しなく動かしていた。
「グリチーア?おい、グリチーア」
「…あ、」
「どうした?気分悪いのか?」
それまでの勢いも消え失せてずるずると引きずられていく男を尻眼に、ナイム警部がやはり表情の読み取れない無表情で心配そうにグリチーアを見下ろした。
「おやっさん、大丈夫か?」
「あ?何が?」
ナイム警部にも不調は見られない。どうやら、本当にあの男にだけ聞こえるように調整していたようだ。だが、そうだとしてもだ。
「…や、大丈夫なら良いんだけど」
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