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「そうか?色々と手伝わせてすまねぇ。書類は書いたか?」
「あぁ、まだ」
グリチーアは、差し出された書類数枚に自署して、財布から二〇〇ホスール取り出した。
「ほい」
「すまねぇな。おい、確認してくれ」
ナイム警部は部下の警察官に書類を手渡し、特に問題がない事の確認が取れて。
「んじゃ、ほれ。とっとと連れていけ」
ナイム警部は後ろに立っていた、人間の姿をした青年をグリチーアの前に引きずり出し、
「ぐ、グリ」
「こんのヴァカちんがぁ!」
グリチーアは問答無用とばかりに青年の襟首を掴んで背負い投げ、床に叩きつけた。
ダァン!
「お見事」
床に叩きつけられた青年は、着ていた鰐革の背広に埃が付く事に怒りを噴出する間もなく。鬼の形相をしたグリチーアを見上げて、右頬を引き攣らせた。
「グリチーア…すまん悪かった…ごめんなさい」
「やたらめったら歌うなって何度も何度も言ってんだろ。おやっさんにまで聞こえたらどうすんだ。兎の聴力半端ねぇんだぞ」
「いや、そこはいろいろ調整して」
「歌うなって言ってんだ!」
「おい。何言ってんだか分かんねぇが、それ以上喧嘩したらまたしょっ引くぞ」
ナイム警部の言葉に、グリチーアは苛立ちと説教を飲み込んで。
「うちの子がすんませんでした」
青年を立ち上がらせて、頭を上から押しつけて下げさせて、ナイム警部に一礼。ナイム警部はその言葉に、二重の意味を感じとり。やや腑に落ちないながらも。
「それと、狐」
「へぇ!」
「とりあえず、今回の件はグリチーアがあの男のねつ造だってのと、お前さんが友達売り廃業してたってのを証言したから不問にするが。次また厄介事持ち込んでみろ。金輪際面倒見ねぇからな。こんな所で油売ってねぇで。さっさと国に帰らねぇか」
「へぇ…どうも、お騒がせ致しやした」
「じゃあ、ほれ。帰った帰った。俺らも忙しいんだ」
「行くぞ狐。飯奢れ」
「へぇ、ただいま!」
「え、狐。飯奢ってくれんの?」
「鳶。お前は明日の昼飯抜きだから」
「…ごめんなさい」
青年を引きずりながら警察署を出ていくグリチーアに。
「そういや、グリチーア。思い出売りの暗号は解けたのか?」
ナイム警部がかけた言葉に、グリチーアは不機嫌も露わに振り返って。藤鼠色の眼がギュルゥンとナイム警部を捉えた。
「解けた。昼に発つつもりだったんだけどな。阿呆鳥のせいで明日になっちまった」
「……嘘だろ?」
「これで次の場所にもいなかったらお前のせいだからな」
「そうか。寂しくなるな。また近くによる事になったら顔出せや」
「あぁ、ヴィシュニカは本当に落ち着くな。いつになるか分からんが、また来るわ」
「ありがとよ」
そのままナイム警部に背を向けて。左に青年を抱えて右手を掲げて。人間の子供ほどの背丈の狐と青い毛並の兎を連れ。
グリチーア・ナイヴァは、警察署を出ていった。
「警部。例の男ですが」
ナイム警部の元に部下がしたーんと駆け寄ってきた。
「おう、どうだ?様子は」
「何とも静かで。さっきまでの暴れぶりが嘘のようです」
「ほぉ…珍しい事もあるもんだ。あのシターマの鼠の検死が終わり次第、逮捕状を請求してくれ」
「分かりました」
「グリチーアには毎度毎度、頭が上がらねぇな」
「あの義眼の人間、思い出売りを探しているんですか?」
「かれこれ、五年ほどな。探して追い求めて。この街に来るのも、もう七回目だな。次はどこに行くんだか」
「思い出売りって、噂でしか聞いたことありませんけど。本当にいるんですか?」
部下の言葉にナイム警部はひく、と耳を動かして。
「会いたいと思わねぇから興味ねぇよ」
第一話
鰐と義眼と友達売り
了
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