鰐と義眼と広告標

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ミケは口内に残る葡萄の種をペッと皿に吐き出して、目を皿のように広げ。 「へぇ!五年も?五年も探して見つからないたぁ、本当にいるんですかい?」 「秘密の広告がある以上はいるだろ?」 「そうかもしれませんが、旦那方も諦めの悪い。あたしならぽーいと投げ出しちまいそうですがね。そこまでして買いたい思い出なんざ、あたしにはありゃしませんし。そもそも、思い出売りが売る思い出ってどんな成りしてんですかい?本みたいな感じなんですかねぇ?」 「結晶だよ」 かちゃかちゃと炒米を匙で掬い取りながら、グリチーアはもう片方の手で自身の頭部を指さした。 「記憶を留めとくのは頭の中だろ?」 「へぇ」 「だけど、頭ん中に記憶を全部留める事は出来ない。生まれてから今までのすべての出来事を覚えちゃいないだろ?」 「………へぇ」 「…例えば、この匙が狐の頭だとして」 「へい」 「この匙に入ってる炒米が狐の記憶だとすると」 グリチーアは匙の中に炒米が入ったまま更に炒米を掬い集めた。 「ほら、入りきらなくて零れるだろ?古い記憶は新しい出来事に遭遇する度に、ぱらぱらと頭から零れてくんだ。結晶になって。これが思い出だ」 「まるであたしが莫迦みたいな言われ方してる気がするんですが…気のせいでしょうかね?旦那」 「狐の頭なんてそんなもんだろ?」 「これだから人間て奴ぁ…」 べぇ、と舌を突き出して。グリチーアは炒米を頬張り、咀嚼と嚥下の後、薄めた蒸留酒を煽った。 「記憶はそもそも人の感情や思いで出来てる。思いで出来た記憶が結晶なって頭から出るから思い出。思い出売りはその思い出が見えるし触れる。頭から出す事も入れる事も出来るんだ」 「神様の所業にしか見えませんがね」 「そこまで知られてて肝心の思い出売りの種族だけは知られてねぇんだよな。ありゃ思い出の売買が終わった後、自分の事に関する思い出を書き換えてんだ。俺が聞いただけでもばらばらだぞ。蛇だの蟹だの鹿だの鶴だの鯉だの…」 「案外、ドスクールの民だったりして、」 「ねぇよ!」 ダン。 麦酒の杯を食事台に荒く置いて。 「わ、鰐革の旦那?」 「鳶」 鳶が眉間に皺を寄せて、口唇をギュッと引き結んだまま食事台の上を睨んでいた。 「おい、鳶」 「……」 誰が悪いわけではない。ミケは何も悪くない。知らないのだから悪くない。 それはグリチーアだけでなく、鳶自身も良く解っていた。それでも腹の中を駆けずり回る怒りは抑えられなかった。 はぁ、とグリチーアは嘆息して。 「…狐。悪い。少し出す」
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