山百合

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はらり…… いきなり空気が動いた。いつの間にか突っ伏していたわたしは驚いてあたりを見回した。 なんだろう、わたしは立ち上がって仔細に薄暗い部屋を点検した。 「ああ」 わたしは安堵の溜息をついた。燃え尽きた線香の形のままの白い灰が落ちていた。新しい線香に火をつけ、 「もう、脅かさないでよ」 ひとりごちると、また掘り炬燵のなかに足を突っ込んで、手酌で濁り酒を呷った。トポトポと一升瓶から流れ落ちる酒の音とエアコンの機械音だけがやけに耳につく。ひどく静かだ。  わたしは大きく息を吸い込んだ。横浜を歌った流行歌の最初を口にしてみる。夫はこの歌が好きで病に倒れてからも、よく病床で口ずさんでいた。いつも同じところで調子が外れる。わたしは真似をして調子を外してみた。  耳に夫の声が甦った。わたしは口を両手で覆った。 「好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない……」
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