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「少しだけでいいんです。ウタノが少しだけ、他の人と同じ目線で物事を捉えるようにすれば、まずウタノの言葉と行動が変わります。少しだけ、生きやすくなるのです」
周囲の人や相手に合わせることは、自分の考え方や価値観を変えることになると思っていた。けれど、そうじゃない。きっと、レンが言いたいのはそういうことだ。
「そう、そのとおりです」
初対面の人にこんな話をされて、戸惑いが無いわけではないけれど……レンは私の気持ちを考えて、私を否定することもなく優しく話してくれている。私のために……それがとても嬉しい。
そう思った途端、愛想笑いではない微笑みが、自然と零れたような気がした。
「相変わらずウタノは、感じる能力が高いのですね。心の声が聞こえなくても言葉以上の何かを感じ取ってしまうせいで、会話がうまくできなくなる。……でも、いいんですよ、それで」
「どういうこと?」
「今、僕の気持ちを感じ取って微笑んでくれました。その微笑みを見られただけで、仕事を休んだ甲斐があった、ということです」
お世辞とも言い難いレンの言葉に、私はどうしていいのかわからず時計塔を見た。私には特別な能力なんて何もない。 お礼を言おうと思ったのに、言いそびれてしまった。
もうすぐ10時になろうとしていた。いつの間にそんなに時間が経ってしまったのだろう。なぜだかわからないけれど、鐘が鳴ったらレンとはお別れになる予感がしていた。
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