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「池の向こう側にある、あそこのベンチに行こうかと……」
「少しだけ、ご一緒しても良いですか」
「はい、構いません」
時間もあるし、別に公園は私の貸し切りというわけでもない。この人も悪い人では無さそうだと思って歩きだそうとすると、またくすくすと笑われた。
「……あっ、すみません。警戒されないなんて意外で。行きましょうか」
何度も笑われたけれど、嫌味には感じなかった。
「あの時計塔、10時になると鐘が鳴るのですよ。あそこに座っていると、鐘の音が周囲の木々に響いて綺麗に聞こえるんですよ。あ、鐘が鳴るのは知っていましたか?」
「ええ……」
池の辺りにある時計塔を見ながら話す男の人は、穏やかに微笑んでいる。この人もかなりの変わり者に違いない。会話を切らすことなく、他愛もない話をしながらベンチまで歩いた。
目的地である木のベンチに腰掛けると、その人は少し間を空けて横に座った。その人の横顔を見ると、こうして並んで座って話すのは初めてではないような不思議な感覚がした。
「あの鐘、真下にいるとうるさいんですよ。此処で聴くくらいが丁度いいんです」
私は鐘の方を見ながら視線を泳がせる。初対面の人とこんな場所で二人、同じベンチに座って話している。それなのにも関わらず、私の気持ちはとても落ち着いていた。
「今日はお仕事、お休みなのですか」
私の言葉に、レンさんは微笑みながら頷く。
「うん、本当は仕事ですけど、休みました」
「あっ、私もです……なんだか今日は行く気になれなくて」
「こういう日、ありますよね」
「そうですね」
私は、失礼の無いように話を合わせて、笑顔を作った。
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