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高い高い堤防のある川のほとり。
堤防のコンクリートに西日が差して逆光のように黒ずんで見える。そんな風景を醸す、ある夕暮れ。
光希坊っちゃまのアパートに、珍しくお客さんの姿がありました。
富永家で今でも働いている、家政婦の喜子さんです。
喜子さんは二十歳の頃から富永家で働き始め、光希坊っちゃまを初め富永家の面々のお世話をして十三年になります。
「喜子さん。来るんだったら迎えに行ったのに」
軋んだドアを開いて喜子さんを迎え入れた光希坊っちゃまは、懐かしい顔に自然と目を細めます。
「いいえいいえ、お構い無く。連絡なぞ入れたら、光希坊っちゃまは逃げてしまわれると思いましたので」
喜子さんは緩やかに首を振り、冗談っぽく窘める口振りで顔を綻ばせました。
「それで連絡もなく来たのか。家族の誰かならまだしも、僕が喜子さんから逃げたりなんてしないよ。逃げたら何のために喜子さんに葉書を送ったのか分からないじゃないか」
光希坊っちゃまがそう言うと、お互いに声をたてて笑いました。
お互いに懐かしい顔、お互いに会いたかった人でした。
光希坊っちゃまは昔からご両親やご兄妹と打ち解けられず相容れない関係でしたが、家政婦の喜子さんにだけは心を開いていました。
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