第1章

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「ほおー、一丁前の事を言うようになったな」すかさず橘が嫌味を言う。  背後から「お世話になります」大きな声が聞こえた。  振り返ると小山建設の峰松だった。 「また一緒に仕事が出来ますね。よろしくお願いします」峰松は何時も笑顔を絶やさない。  今回の仕事は大淀建設と小山建設のJV《ジョイントベンチャー》である。地下シェルターは大淀建設が受け持ち、その他を小山建設が施工する。峰松が小山建設の現場責任者になった。 「図面を見て鈴木君が是非やらせてくれと張り切っていました」  蔵をイメージした建物で漆喰の壁がふんだん用いられている。左官屋の腕の見せ所だ。鈴木の張り切る気持ちが良く分る。峰松は、二、三言葉を交しただけで他の挨拶へまわる。  大淀建設の梶山が近づいてきた。峰松同様挨拶を交わし終えると「失礼します」と他へ歩み去る。ゼネコンの担当者は大変だ。 「よおっ」三田村がカメラマンを伴って現れた。 「大々的に記事にするからな」と片目を瞑ってみせる。  三田村は西尾シティ開発を、大企業に屈せず正義を貫いた企業として記事を書いてくれた。お陰で世間のイメージはすこぶる良い。広告宣伝費に換算すれば数億に値するだろうと大庭は話していた。営業部も知名度と好感度が上がって仕事がやりやすいと喜んでいた。  道路に数台の車が止まった。どうやら松岡宗一郎が見えたらしい。フラッシュが焚かれ、テレビカメラが一行を捉えた。大勢の人を引き連れて秋山達の前を通り過ぎる。松岡宗一郎が一瞬、顔を向けて軽く頷いてくれた。  一行を見送っているとポンと肩を叩かれた。 「どうした、ボーッとして。二日酔いか」大庭が微笑んでいる。 「いい天気だなあ」と空を仰ぐと「行くぞ!」気合を入れて歩き出した。  橘が当然のように「はい」と答えて後に続く。  秋山は二人の背を見詰めていると、白昼夢を見ているような気になった。大庭組を思い出し鼻の奥がジーンとなった。 「何をしている、サッサと来い」橘が振り向いた。 「はい」返事をして急いで二人を追った。  手水(ちょうず)桶から汲んだ水で手を清めた。テントの四方に張った紅白幕が風に揺れている。中へ入ると正面に祭壇が設けられ、手前中央に砂が盛られている。  誰もが神妙にしている。咳きひとつ無い厳かな空間。  まるで異次元に迷い込んだように感じる。  神職が現れて祭壇へ進み一礼してこちらを向いた。
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