第1章

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「隠し通せるはずないでしょう、松岡邸の工事も始まるし、うちは直ぐ近くなのよ」夫人が呆れた顔をする。 「どういうことですか。まさか……」  古い建物だからそれもやむを得ないが愛着を感じる。ここに来るとホッとするのだ。この建物が無くなるのはやはり寂しい。 「心配するな秋山君、解体なんぞするものか。この家は私ら夫婦そのものだ。ただ、チョッと古くなり年寄りには使い勝手が悪い、それに橘くんは耐震性に問題があると言う。そこで色々考えた」  フフフッと星野は含みのある笑いを漏らした。 「民泊だよ。使ってない二階の個室を改装し、一階の一部を共用スペースにする。残りが私たち夫婦の住居だ。勿論しっかり耐震補強する。西尾シティ開発は民泊やシェアハウス事業を推進するんだろう、その魁だ。見たまえ、これがその完成予想図だ」  テーブルに図面とパースがある。和の雰囲気を十分に残しつつ斬新なデザインになっている。使い勝手も良さそうだ。 「どうだね、橘一級建築士の設計は」星野は満足気な顔だ。 「私だけのアイディアではない、佐伯先生の知恵を拝借した」めずらしく橘が謙遜する。 「はい。素晴しいと思います。ですが、不動産の仕事はどこでするのですか」 「もう不動産業はお仕舞だ。近年外国からの旅行者が増えているだろう。外国人相手の民泊だよ、外人相手だから英語くらい話せないと詰まらない。今、二人で英会話教室に通ってる。忙しくてかなわん」  星野は嬉しそうに語る。目が輝いている。七十歳を超えてなお、やりたい事を見出して目標に向って突き進んでいる。すごい老人パワーだ。 「そろそろ時間ですよ」夫人が教えてくれた。  星野が「Here we go」と立ち上がったのでビックリした。  更地になった青木邸にテントが張られ沢山の人が集まっている。その中に沖縄に居るはずの青木氏の姿があった。ぜひ出席して頂きたいと松岡宗一郎から航空券とホテルの宿泊券が送られてきたと話してくれた。  二人の若者がパイプ椅子を運んでいる。「ごくろうさん」と秋山は声を掛けた。 「せんぱーい、来るのが遅いっスよ」 「もう終っちゃいましたよ」  口を尖らせてテントの中に消えた。  星野が苦笑いしながら「どうだね新人君たちは」と訊いてきた。  秋山は「まだまだ口の利き方も仕事も半人前です」とこぼす。
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