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久乃が南校舎一階まで降りていき、ドアが開きっぱなしの保健室を覗くと、そこに保険医の姿はなかった。「失礼します」と一言声をかけて入った消毒液の匂いのするその部屋には、ベットが二台並べられており、そのうちの一つのカーテンが閉められていた。
久乃は中の様子が見えないベッドの横に行き、「佐倉さん」と呼びかけた。しばらく待っても返事がなく、もう一度繰り返し呼んでも反応が無かったので、結局「開けていいですか?」と言ってから数秒待ち、それから、「失礼します」の言葉と共にカーテンを開けた。
開けた視界の先では、ジャージ姿の男子生徒が片手を枕に掛け布団の上で横になって、スマートフォンをいじっていた。男子生徒は、久乃の憧れの佐倉先輩その人に間違いなかった。
画面から目を離した佐倉が、久乃を見た。久乃はそれだけのことで、周りの景色がぼんやりと遠くに感じられ、その場に倒れそうになったが、佐倉の口から出た言葉は現実的な冷たいものだった。
「誰?」
その一言は、久乃を冷や水を浴びせられた様な心地にしたが、お陰で一瞬にして頭が冷やされ、本来の目的と平静を思い出すことができた。
「同じ文化祭委員の…富澤、です。担当の安岡先生に呼んでくるように言われて」
「あー、今日だったっけ」
佐倉はベッドの上で大きく伸びをした。そして、ようやく起き出してくれるのかと思いきや、次に出た言葉は、「俺、帰っちゃってたってことに、してくんない?」だった。
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