第5章ー2

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「それやったら、今日はお父さんは買い付けでいーひんし、私も今から近所の人とご飯食べに行くしな。よかったら、うちでゆっくりしたらええわ」 誰にも平等に流れているはずの時間は、恋をすると途端に長くなったり、短くなったりする。 彼女と会えない時間は、果てしなく長く、二人で過ごす時間は、あっという間に過ぎていく。 遠距離恋愛の末、叔父さんと結婚した千恵子おばさんは、恋する二人の時間の儚さを知っているかもしれない。 「ありがとう」と僕は言った。隣の雪さんも静かに頭を下げていた。 手をつなぐ二人を、頼りない街灯の光が照らしていた。 春の夜は、夜の色も通り抜ける風の感触も柔らかく感じる。 誰もいない静かな疏水沿いの桜道で、僕はふと目を上げた。空には、満天の星が瞬いている。山から伸びてくる夜気を、桜たちが吸い込んでいた。 「雪さん、今日は何をしていたの?」 と僕は訊いた。バイト中もずっと、どこか頭の片隅で、彼女のことを考えていた。
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