第6章

10/31
前へ
/31ページ
次へ
僕は息もできずに、穴が開くほど彼女を見つめた。 唐突な答えに面食らって動けなくなった僕に、彼女は話を続けた。 「ずっと、私が消していた」 「ずっと……?」 「そう。春になると、私は過去へ行って、あなたに降りかかる不幸をすべて消していたの」 「……それは、どうして?」 目の前にいる彼女が、僕の知る雪さんではないようだった。 「今から言う話、信じてもらえないかもしれないけど、嘘じゃないから……」 彼女の顔に、深い影が落ちた。 「私の名前は、市井雪。佐倉雪は……旧姓なの」 「……市井って……」 「そう。隆哉君の苗字と同じ。私は、あなたの未来の奥さんなの……」 耳にひゅうと隙間風のような音が鳴った。 思考が停止している。彼女の言った言葉の意味がわからない。 途方に暮れ、困惑し、ただ茫然と立ちすくむ僕に向けて、彼女は淡く微笑んだ。 そして、瞳の奥に光る透明なしずくを抱えながらも、まっすぐに僕を見て言葉を続けた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加