第6章

12/31
前へ
/31ページ
次へ
絶えず聞こえるのは川のせせらぎ。鴨川からは、水のにおいがする。橋の上から人々の話し声が聞こえる。話し言葉も、景色も、においもすべて、僕の知らないものばかりだ。 この世界は、本当に僕がいた世界とつながっているのだろうか? もしかしてこれは幻? 途端にわからなくなる。 理解ができないと、人の脳は動かなくなるのか。 目の前にいる愛しい人がずっと遠くにいるみたいだ。夢の中にいる人のような。僕は長く長い夢の中にでもいるのだろうか。 かすれる彼女、遠ざかる意識。現実を受け止めきれない僕の上に、暗い空からしとしとと雨が落ちてきた。心臓がきゅうと縮まるほどの冷気に包まれていた。 「びっくりしたな。突然降ってくるんやもん」 「近くにアーケードがあってよかったな」 屋根付きの歩道では、人々が急な雨から逃げるために雨宿りをしていた。 隣にいる大切な人をタオルで拭いたり、肩や髪につく雨粒を払ったりしながら、過ごしている。 皆、突然の雨に困惑しながらも、急なハプニングを楽しんでいるようにも見えた。 僕は人々の様子を横目で見ながら、青になったばかりの歩道を歩きだした。 「そこ、濡れますよ!」 背後から声をかけてくれた女性に耳を貸すこともなく、僕は屋根のない道を歩き続けた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加