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「大丈夫、ですか?」
声をかけると、蹲っていた彼女がそっと顔を上げた。
その子は、狸のように可愛い笑顔を僕に向けると、「へへ」と笑って言った。
「私、そそっかしくて……。すみません」
こぼれた桜の花びらが、彼女の足元にある。
その花びらの中で見せる笑顔は、あの時のままだった。
「怪我は……ありませんか?」
声が震えた。
「はい。少し血が出ちゃってますけど、全然大丈夫です。私、回復が早いほうなので」
声の出し方も、笑った顔も、優しく明るい話し方も、あの時と同じだった。
この世に存在する彼女を見て、僕の胸はキリキリと痛んだ。
どうして……と思いながらも、僕は彼女と過ごした最後の春を思い出していた。
――『雪さん、今日はいつまでいれるの?』
――『ギリギリまでかな』
――『ギリギリって?』
――『桜の花粉が届かなくなると、私はこちらの世界にはいられない。花粉が切れると時間切れっていうのかな……私は、自然と元の世界へと戻ってしまうの』
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