エピローグ

9/11
前へ
/11ページ
次へ
「大丈夫、ですか?」 声をかけると、蹲っていた彼女がそっと顔を上げた。 その子は、狸のように可愛い笑顔を僕に向けると、「へへ」と笑って言った。 「私、そそっかしくて……。すみません」 こぼれた桜の花びらが、彼女の足元にある。 その花びらの中で見せる笑顔は、あの時のままだった。 「怪我は……ありませんか?」 声が震えた。 「はい。少し血が出ちゃってますけど、全然大丈夫です。私、回復が早いほうなので」 声の出し方も、笑った顔も、優しく明るい話し方も、あの時と同じだった。 この世に存在する彼女を見て、僕の胸はキリキリと痛んだ。 どうして……と思いながらも、僕は彼女と過ごした最後の春を思い出していた。 ――『雪さん、今日はいつまでいれるの?』 ――『ギリギリまでかな』 ――『ギリギリって?』 ――『桜の花粉が届かなくなると、私はこちらの世界にはいられない。花粉が切れると時間切れっていうのかな……私は、自然と元の世界へと戻ってしまうの』
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加