第一章  死体と彼女と行方不明

3/5
前へ
/119ページ
次へ
今までのドキドキと違う種類の緊張が襲った。背筋を冷たいこんにゃくでなでられたような寒気が走る。そういえば、部屋が妙に静か過ぎないか? 生きている人間がいれば当然するはずの、食器の触れ合う音や軽い咳、テレビの音といった生活音が全くしない。強盗? それともまさか本当に風呂場で倒れているのだろうか? こんな時に不謹慎にも浮かんできた羽原の裸(想像図)を慌てて消す。中の様子が分かるかと扉の横にある窓を覗いたが、曇りガラスになっていて、家具の輪郭がぼんやりと分かるだけだった。動いている人影はない。 「羽原、入るぞ」  ゆっくりと、和樹はドアを開けた。 入り口と同じ形に切り取られた光が玄関のタイルに差し込む。自分の影が、乱れた靴の上に覆いかぶさった。和樹は、スニーカーを脱いでそろそろと上がりこんだ。背後で扉の閉まる重たい音がする。  部屋に入って、最初に目に入ったのは、めくれ上がった淡いブルーのカーペット。それから、ガラスの天板にヒビの入ったテーブルと、床で中身をぶちまけているコーヒーカップ。ツタの葉が飾りについた大きな鳥かごが、戸を開けた状態で床に転がっている。ふわふわとした羽毛が部屋に散っていた。女の子が持っているようなぬいぐるみや、キャラ物の文房具が一つもないのが実に羽原らしい、と脳のどこかが現実逃避気味に考えた。  いつの間にか息を止めていたらしい。急に苦しくなって、和樹は空気を無理に吸い込んだ。胸の奥で、詰まった掃除機のような音がした。 「ハ、ハネハラ?」  何とか搾り出した声は、情けないくらい小さく、耳元でなる鼓動の音にかき消されてしまいそうだった。     
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加