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平和だけを遺されて当人が消えてしまっては、長く焦がれた平和さえ無意味と化す。恐らく誰しもその平和を素直に享受出来ないし、戦争を行っている方が幸福だっとさえ思いかねない。そうしてその考えが、魔王様の死を無意味にしている事に思い至って、自分を責める。
まだ生まれて間もない幼子でさえ分かる様な事だというのに、膨大な魔力を誇り、賢い筈の王がなんでこれ程簡単な事を、今まで1度だって理解してくれなかったのだろうか。或いは何故、誰も己の本心を叫ばずにいたのだろうか。
前者については所詮魔王ではないオレには想像の域を出でない。でも、後者については声を荒げた今、痛感した。
居たんだ。過去にも、大切な魔王様の命と引き換えの平和は欲しくないと声を荒げた者は。本人に直訴した者は。
そうして今ミスティが浮かべている様な、困惑し弱り切った表情に行き場を無くしてしまうのだろう。「全て分かっているよ」「独り善がりな事も」「それでもこの国の平和が欲しいんだ」そんな感情を込めて、分かってくれと訴える様な、誰よりも近しいと思っている存在の理解が得られぬ事に悲哀を、己を懸命に止めてくれる声に安堵を抱いている様な顔を目の当たりにして。
結局は全員手を離して、そして現在に語り継がれる魔王の歴史が遺る。
ああ、ごめんね、ミスティ。
オレは昔多くの人間が離しただろう手を、しかし更に強く掴んだ。
「オレは自分勝手の我儘で、性格だって良くないっす。ミスティが望んだって放してやんない。その代わりに尽力するっすよ。この国を天使や人類から守る事に。何なら戦争に勝利して平和を得るくらいの勢いで。アンタの剣や盾はご立派な騎士団が居るけど、でもオレもアンタの剣となり盾となる。だから、もう、その首を敵の頭に差し出すなんて馬鹿な事、考えないで欲しいっす」
「……お前、黙って聞いてればさっきから人の事、馬鹿馬鹿馬鹿って」
「事実馬鹿じゃないっすか。みんながアンタと共に生きたいって願っているのに、それを無視するなんて馬鹿以外のなんだって言うんすか?」
「ああ、もう! 分かったよ。お前には負けた。少なくとも死に急ぐ真似だけはしねぇよ。だからお前も死に急ぐ真似はしないで一緒に生きろよ?シィラ」
ミスティが真っ直ぐに笑った。
流石に真っ向から天使を殺す道は選び取れないみたいだけれど、これで満足だ。
「当たり前っすよ、ミスティ」
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