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 あの日ミスティはオレに言ってくれた。死に急ぐ真似をしないと。ミスティを慕う魔族と、オレと一緒に生きる事を誓ってくれたのに。  頭の中が急速に冷え、白けていく。目に入る光景に脳が意味を持つ事を拒んで、心がそれ以上見るなと悲痛に訴える。1歩進めれば足元では水音が鳴り響き、柔い何かを踏み潰す音を、耳は否が応でも拾い上げた。  ミスティの華奢な体の、どこに収まっていたのだろうかと思える程、膨大な量の血液。  まるで萎んだ風船みたいに、空気が抜けきり、ぺしゃんこで、風でも吹いたのならそのままふわふわと飛ばされていきそうな抜け殻。  否、抜け殻と言うのもおこがましい。ただの皮。まさに萎んだ風船。或いはボロボロのずだ袋。  これがかなりの美貌を誇った魔王、ミスティの亡骸であると、果たして目の前で全て見届けたオレ以外、誰が信じるんだろうか。全て見届けたオレであっても信じられないのに。  ミスティが己を犠牲にする平和調停を止めた事を魔族全員は喜んだ。無論天使としては気に喰わないらしく、攻撃は激しくなったけど、魔王様が生の希望を持ってくれたという事は魔族全体の士気に繋がり、天使の攻撃や人類の侵略を、恐らく歴代1と表して過言でない程、被害少なく退けていただろう。  定期的に差し出された首が来ない上、思う様な侵略も叶わない。好戦的であり血を望む天使側から見れば成る程、苛立たしい状況であったとも言える。  だけど。  その1撃で国1つ吹き飛ばしかねぬ攻撃は、無論1天使に放てる物ではない。天使長であっても同じ。神族のみに許された攻撃である。  しかし神族はあくまで中立を貫く立場である為、片側に肩入れする事などない。稀に増え過ぎた種族を滅ぼすべく力を振るう事はあるらしいが、片側だけの言い分を聞いて下される力ではなくて、あくまで種族ほとんど全てを、或いは国を亡ぼす為に使われる力だ。それを1個人に向けて放つなど、常軌を逸している。 「……神様。何でこんな事したんすか」  魔族は神族の恩恵を受ける事が出来ない。だから答えは望めないと思っていたけど、無意識に漏れたオレの声には無感情な声音が返ってきた。  当たり前の事をした。責められるいわれはないとでも言わんばかりに淡々と、事態だけを報告する無機質な声が。 「天使からの望みだ。魔王が逃走を図っている、罰して欲しいと。魔族は悪だ。問題なかろうに」
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