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十数人はいるんだろうか、もっとかもしれない。その隙間から覗いてみると、中心にいたのは女の人だった。歌声が中世的だしボーイッシュだから正直ちらりと見ただけではわからなかったけど、あのおっぱいは間違いなく女性だ。大きい。あとよくよく聞けばちゃんと女性の声だ。化粧はしているように見えないけれど、疎い俺には見抜けないナチュラルメイクってやつかもしれない。ジーパンにレザーのジャケットにロングコート。俺が長すぎると言うのもあるが、俺よりも短く首も隠れていない髪型。もしもおっぱいが主張していなければ普通に男性として見ていただろう。おっぱいってすごいな。
なんで俺がこんなにおっぱいいっぱい並べているかって、そうでもしないと思考停止しそうだからで、それっていうのも足が動かなくておまけに目頭が熱くてついでに頬は濡れて風に当たって冷たい。認めたら余計に出てきそうだから嫌なんだけどいいよ認めるよ俺泣いてるよ。なんでだよわけわかんねぇ。歌詞に共感したとかじゃないんだわ。だってさっきから必死に頭フル回転して冷静になろうとしていて、歌詞なんか一つも頭に入ってきてない。入ってきていないっていうか入っては抜けていってる。声に何が乗っているなんて言ったら誰かに笑われるかね。でもたぶんそうなんだよそれしか回答が見つからないから。
ああ、すっげー恥ずかしい。
おっぱいさんと目が合ってやっと我に返り、走り出したいのを我慢して素知らぬ顔で歩き出す。涙を拭い上を向く。上を向いて歩こうってこういうことか全然零れるじゃねぇか嘘つきめ!
もう諦めて止まるまで泣いてやろうじゃねぇかくそ違うこと考えよう。そうだ、今日約束すっぽかした京司の野郎をどうしてやろうか。ああ駄目だおっぱいが浮かんでくる最悪だ。何が最悪って、俺はあの人の歌声に涙したのにおっぱいの尊さに涙を流している変態みたいになっていることだ。周りに俺の思考読まれてないだろうな? 何だ皆なんでそんな顔で見るんだまさか俺の思考が、ああいやそうね泣いてるもんね俺。高校生なんて見た目はほぼ成人みたいなもんだもんね俺特にふけてるし、大人の男が泣きながら歩いてたらビビるわな。
だけど俺の方がビビってんだよ。わかってくれとは言わないけど。いやむしろ、何もわかってくれるな。
優しい人に出会わないことを祈りながら、電車に乗った。
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