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まあおかげで、昨日の醜態は見られずに済んだんだから、これで良しとしてやろう。殴ってないけど。かすってもいないけど。
やっぱりもう一発と思ったら始業の鐘が鳴る。運のいい奴だ。
授業が始まってしまえばとりあえずの静寂が教室に下りてくる。先生の声と黒板にチョークが当たる音、ノートに文字が書かれる音が響く中、後ろから見てもあれはスマホをいじってるんだろうなって奴らはあれ、バレてないつもりでやってるのか、それともバレてもいいと思ってるのかどっちなんだろう。こそこそしてるってことは、バレてないつもりなのかもしれない。そうだったらかなり滑稽だ。そしてそうまでして話したい内容ってなんだろう。もしくはゲームとかやってるのかもだけど、それ今やることかね。暇な時にやるから楽しいのに、てそうか、暇なのか。なるほどね。
表面上静かな教室を眺めていると、昨日紀伊国屋の前で感じた恐怖を思い出す。鳥の声が聞こえて窓に視線と意識を逃がして、すぐに遠ざかって見えなくなってしまった鳥の羽ばたきを想像する。何処に向かって飛んで行くのだろうか。羽があったなら、昨日見たあの人の所まで飛んでいけるだろうか。
ノートを取る気になれなくて、ずっと空を見ていたら瞼が重たくなってくる。眩しいからだと閉じてみれば、途端に眠たくなってくる。抗わずに机に突っ伏し、気がついた時には軽くなった瞼と頭をゆったりと上げると、三時間目がすでに始まっていた。嘘だろ俺一瞬しか気を失ってないつもりなのに。
机と俺の腕の間に一時間目のノートと二時間目に配られたんだろうプリントが挟まっている。自分が一番後ろの席で良かった。
起きたは良いけど今日は本当に身が入りそうになくて、それっていうのはもちろん昨日の女の人のことが頭から離れないからで、正確には、どうして泣いてしまったんだろうっていうのが気になっている。好きな曲とか良い曲とかいくつか知ってるし、ライブだって行ったことがあるけど、あんなことになったのは初めてだ。歌詞に感動したなら納得がいくんだけど残念ながら歌詞は一切覚えてない、曲に感動したってのはどうにも実感が持てないし、そうすると、残るは声か、もしくはあの人は前世の俺の恋人で、悲しい恋の末に来世で結ばれることを誓った仲だって可能性も捨てがたい。あるかもしれないじゃん。限りなくゼロに近いだけで。
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