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私の言葉を咀嚼して、何とか飲み込もうと難しい顔をしている。でも、受け止めきれないらしい。小さく息を吐いて、「絵美は、終わりにしたいんだ」と遂に涙を流す。
犬井さんは、高校の制服を着ていた。彼女の母校の制服だ。プリーツスカートはシワが細かくて、揺らぐとふんわり可愛らしい。細い足が覗いている。リボンはこげ茶のタイ。夏だというのに、紺色のブレザーを着ていた。肩まで伸びた黒髪も、一つも穴がない耳も、すっかり高校生のまま。犬井さんは時が止まってる。私が憧れていた、十八歳の姿。
対して私は、大学に入って、茶色く髪を染めていた。ネイルで指先まで華やかに、ピアスだって両耳に一つずつ空いている。大人の私と、少女の犬井さん。意識すると私まで、じんわり、私まで涙が滲んで心が熱くなった。
どうして今更。同じ場所に立ちたいと願っていたけれど。
犬井さんが恨みがましく私を睨む。
「絵美は、いつも、そう。自分勝手で、私のことを置いていく」
「うん。置いていきます」
「ひどい」
「ごめんね」
「もっとちゃんと、謝って」
「ごめんなさい」
「本当に悪いと思ってるなら、いかないで。私のところにいて」
「それはできません。ごめんなさい、犬井さん。これが最後の夏です」
睨んでいるのに、でもやっぱり可愛いので笑ってしまう。吹き出してしまうと、本気で怒ったような顔をして「ひどい!」と叫んだ。声は部屋に反響する。私たち以外に誰もいない、幻の夏の中。
ここはおかしな空間だった。
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