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あの日のことは、不思議と何の騒ぎにもなっていなかった。
私は風邪を引いて学校を休んだことになっていて、家族もそう思い込んでいた。
それが神様のおかげなのかどうかは、今となってはもうわからない。
高校の卒業式の日、私は帰りのバスを途中で降りて、あの日以来行っていなかった神社に足を運んだ。
まだ花が咲くにも若葉が芽吹くにも早い時期で、あの日よりも神社はがらんと広く見えた。
私はお社まで歩いて行って、その前でお参りをしてから話しかけた。
「無事に、高校を卒業しました。あの後友達もできたし、これから大学にも行くことにしたし、……今のところは、あの日みたいな不安はありません」
私は卒業証書を広げて見せた。ここに来た時はちゃんと傍にいると言っていたから、きっと見てくれているだろう。
「……あの日、神様と話した時から、私は少し前に進めました。いつだって少しの不安はあったし、孤独な時もあったけど、それも、何とか克服して来れました。これからも、きっと大丈夫だと思うけど……もし、息苦しくなることがあったら、また此処に来ます。その時は、また少しだけ、背中を押してくれると嬉しいです」
私は卒業証書をしまうと、一度深々と頭を下げた。
それから、鳥居をくぐって帰ろうとして、あの日は気付かなかったけど、ここから見る景色はとても広くて綺麗だったことに気が付いた。
景色に目を奪われて一瞬足を止めた私は、鳥居のすぐ隣の桜の枝に、一つだけ咲いた桜の花を見付けた。
特別なことは出来ないと言っていた彼がこの花を咲かせてくれたのだろうと、何故かその時私は思った。
「ありがとうございます。神様」
彼からのお祝いの花にお礼を言って、私は今度こそ、神社を出て行った。
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