第二章 優勝祝い

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第二章 優勝祝い

 解散の挨拶もそこそこに。新記録をたたきだした少女は、競技場の裏手にある土手道を走っていた。 ずっと。決めていたことがある。 公式の試合で自己ベストを更新して。しかもそれがきちんと記録になったら。 この想いを伝えようと。 いくら短距離が得意でも、長距離ランナー並のスタミナはある。けれど、あてもなく探しながら走るのは、やっぱり訳が違ったらしい。 とうとう少女も膝に両手をついてしまった。 息を整えながら、何をしているんだ、と自分に言いたくなる。 今日の試合を、その人が観に来てくれていたかどうか、実はわからない。 おつきあいをしている訳でもないので当然だけれど。 そもそも、通っている学校が違う。 いつだってこっそり来てくれていたから、今日もそうかもしれないと思っただけで。 この土手道が終わっても会えなかったら、家まで訪ねて行こう。 もう一度、走り出そうと体を起こしたそこに。 「あの瞬間」の「自分」がいた。 「優勝おめでとう。」 ひょっこりカンバスから顔を出したのは、いま、いちばん会いたかった―。 「茜(あかね)先輩…」 数年前、「声」を失った彼女の唇から、その名前が零れる。 少女の様子に、少年はいたずらが成功した子どものような笑みを浮かべた。 「会えてよかったよ。まぁ、だめだったら家まで押しかけてたけどさ。」 お茶目に笑ってみせながら、カンバスを下ろす。 彼も似たようなことを考えていたのが、なんとなく嬉しい。 カンバスは持ち歩くのにちょうどいい大きさのもので、水彩仕様になっている。 安堵と達成感、そして楽しさが混ざった真剣な表情。 薄い線でさっと引かれたおかげで、ゴールテープの軌跡まで見えるようで。 走り抜けた一瞬がぎゅっと詰まったような絵に。少年はピンクのリボンを手際よくかけた。 「おつかれ。」 すっと差し出され、ようやくそれが彼からの優勝祝いだと気付く。 タイミングよく小首を傾げられ、少女はとぎまぎしながら受け取った。 「あ、ありがとうございます」 ほんの少し近くなった「自分」に、少女の頬が自然と緩む。
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