夏の庭

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 そのくせ女はひとつも(いそが)しそうではない。相変わらず濡れ縁で足をぷらぷらさせている。女の視線を追うといつの間にか白い庭があった。何もない庭だ。女は地面をみつめた。すると雀が砂利の上を跳ねていた。女が白いつま先でびゅんと蹴り上げるふうをすると、雀はぱたぱたと低く飛んで池の手前にあるユスラウメの根本におりた。地面をついばみ、尾をこちらに向けてぴょんぴょんと遠ざかって見えなくなった。  白い砂利が敷き詰められ、苔のついた飛び石がゆるやかに蛇行しながら泉水の周りをぐるりと巡っている。なるほど立派な庭であった。女は顔を上げた。その視線の行き着く先に、見事な百日紅の古木が濃い紅色の花をたわわにつけていた。 「暑いねえ。百日紅は暑い」 女は眉を(ひそ)めた。蝉の声が降り注いだ。いつの間にか庭の奥に欅の巨木が立っていた。その幹にしがみついた何百匹もの蝉が羽を(こす)り腹を震わせ続けているのだ。しかしひどく静かだった。静かだから女の呟きが聞こえたのか一匹がその幹から飛び立ち、追うように二匹、三匹と続いた。  抜けるような青い空の下で、女の上気した頬と似た色の花がゆれていた。蝉は鳴き続けていた。静かだった。  女は視線を動かした。それから華奢な胴に、ゆったりと巻きつけられた白い麻の帯の間に挿してあった白檀の扇子を抜き取り、水晶の飾りがついた柄の先でつと指した。するとそこには通用門らしき小さな門と横に一本の木があるのだった。 「あそこのねえ、金木犀の木に雉鳩が巣を作っていたのだけど。先だっての台風で気の毒なことになっちまった。ほらあのとおり。汚ならしいから片付けなくちゃねえ」     
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