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眼を凝らして見ても、どうにもそこに巣があったなど言われねば分からぬほどで、強風で煽られた枯れ草が偶々たまたまそこに引っかかったようにしか見えなかった。
「見えるだろう。片付けなくちゃねえ、ああ、汚ならしい」
女がいう。見えるような気もするがやはり見えないような気もした。わたしは口を開いた。
「彩は汚いものはお嫌い?」
そうだ、この女の名前は彩といったのだ。
「そうねえ。あれが巣でなかったら、あってもよいのだけれど。あれが巣だったと知っているから色がまたひとつついてしまったわ。嫌だ嫌だ」
「彩は色がお嫌い?」
「嫌いではないけれど。色の濃すぎるものはひどく疲れてしまって。あの雉鳩の巣の成れの果てのようにね。ほら、こうして私のなかにあの色がうまれてしまう」
「彩は色を捨ててしまったの?」
「捨てるなんて」
女はくるりとこちらに顔を向け、初めてわたしを見つめた。
「ねえ、あや」
木戸にもたれて膝をかかえるわたしに向って手を伸ばそうとした女は、しかし恐れるようにその手を引っ込めた。そしてまたふいと空を仰ぎ百日紅の色を追う。
「あやの色は濃いわねえ。あの百日紅よりもずっと。難儀なことだ」
そう言ってわたしを見下すように笑った彩の汗ばんだ項には、わたしの色が色濃く滲んでいた。
了)
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