春 初夏 小雨

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先生の話によると、先輩は父親の病気が理由でこの学校に転校してきたらしい。重い病気で転院しなくてはならなくなり、家族で引っ越しをしたのだそうだ。先生は僕に『他の生徒には言うなよ』と釘を刺した。放課後、今日の授業でわからない所があると質問をしながら、その流れで先輩のことを聞いた。先生は最初、訝しげな顔をしたが、数式を教えるのと同じ調子で話してくれた。職員室はいくらかざわついていた。教師と教師にため口で話す生徒たち。校庭から聞こえる部活の声。僕たちの会話は他の誰も聞いていなかった。僕の姿はそこに溶け込んでいたと思う。先輩の名前もわかった。オリというらしい。どんな字を書くのかまでは、聞けなかった。  いつだって、先輩はどことなく景色から浮いていた。おそらくその容姿のせいだと思う。生成りのキャンバスに描かれたような先輩の姿は、本当に浮いていた。だのにだれよりも、地に足がついていて、むしろその足は重そうだった。黒く長い髪は風になびくけど、それは重い布のようでまるではためいているようだった。僕は先輩を目で追うごとに、先輩の姿が忘れられなくなった。  「おい、ハナオってば。何度も呼んでるのにどうしたんだよ」 移動教室の途中、僕はクラスメイトに呼ばれているのに気が付かなかった。僕は廊下を眺めていた。前に居なければ後ろにいるんじゃないか。そこの階段から降りてくるんじゃないか。オリ先輩が歩いてこないだろうか。もはや、恋なんていうほのかな感情ではないことを認めざるを得なかった。
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