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カウンターを挟んで、僕の前に歩は静かに座った。
紅茶からの湯気がほのかに立っては消えていく。
まるで、人の記憶のよう……
「消えないものです、人の記憶は」
歩の言葉に、僕はドキリとした。
眼鏡の奥の円らな瞳は、今僕と合わさることがない。
「わたしの父と母は、数年前に他界しました。事故でした。わたしも、もしかしたらこの場所に、……一さんとも、会えなかったかもしれません」
僕は何も言えなかった。
歩は続ける。
「一瞬の出来事で……わたしは、事故の詳細を覚えていません。でも、恐怖は時々……ふたりを失ってしまった哀しさも、忘れることはできない」
揺れているのは、僕の鼓動かーー歩の瞳か。
「何度も、何度も。神様にお願いしました。夢でありますように、って。でも、分かっています……どうすることもできないんだって……わたしは、ひとりぼっちになっちゃったんだって……っ!」
僕は思わず、歩を抱き締めていた。
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