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ふいに強く風が吹き付け、カーテンに視界を遮られた私は咄嗟に目を瞑ってしまう。同時に、目を開けたら彼がいなくなってしまうのではないかという恐怖に襲われた。
すると、唇に何かが触れた。
「――…」
恐々と目を開ける。彼の顔が間近にあり、細く白い人差し指が私の唇に触れていたのだった。
「…ごめんね」
彼は確かに、そう呟いた。私はあまりのことに呆気に取られてしまい、彼の瞳を凝視することしかできない。
「自分からは名乗れないんだ。…君が、思い出してくれるまで」
その表情はどこか寂しげだった。そして同時に、強烈な既視感を覚える。
彼は弱々しく眉を下げると、そっと私の唇から指を離した。
しばらく沈黙が続く。彼はずっと窓の外を眺めていて、私は彼のその横顔をぼんやりと見つめていた。
…思い出す。
防衛機制というのは、こんなに不思議な言葉も作り出すのだろうか?
何かを言おうとするのに、ふさわしい言葉が見つからない。私はせめて彼の顔を目に焼き付けようと、ただひたすら彼の横顔を見つめ続けた。
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