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蝉たちの鳴き声もいつの間にか少なくなって、小さくなった氷のからんと鳴く声がはっきりと聞こえた。
僕は、おそるおそる部屋の片隅の仏壇を見る。
そう、君はもういない。この部屋を僕に託して、この世界からいなくなってしまった。
仏の形をした喉の骨が、君の残骸として箱の中に詰まっているだけだ。
胸が張り裂けそうだった。
僕のことばをあんなに楽しみにしてくれた君がいない世界は、何と恐ろしいのだろう。
僕は眼鏡を外して、一人ですすり泣く。もう何度、君のことで泣いたか分からない。
太陽は驚くべき速さで沈み、やがて遠くの空で花火が上がり始める。
極彩色の炎色反応が、僕のこころを焦がす。
僕は万年筆を握ったまま、畳に倒れ伏し、潤んだ目を閉じる。
僕は君が大好きだ。だけど、帰ってきてとは言えないのだ。
花火の輝きを横に、僕は身を起こして、ことばの大海に挑み続ける。
君の愛した僕の言葉を、見つけて、ひとつでも多く書き記すために。
「花火が咲いているよ」
僕が君のところにゆくまでに、一つでも多く遺すために。
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