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無風の中、僕は文字の海をもがく。
僕はいけすかない依頼人から頼まれた、ひと夏の恋物語をかき上げねばならなかった。
だが、僕には恋が分からない。まして、愛とは何だ。
僕はぼさぼさ頭を掻きながら、つい独り言を呟く。
「君なら知っていたのかな」
あの日の笑顔。あの日の驚き。あの日の涙。
僕の物語を飲み込んで、いろんな色に輝く君を見ていた。
君ならば、この難題を解くことができるのではないかと僕は期待した。
「自分の中のことを、正直に書けばいいんじゃないかな」
そういう時、君は決まってそう言った。僕は、君に背を押され、再び言葉の海溝に潜る。
愛している。否、チープだ。
大好き。我ながら幼すぎやしないか。
月が綺麗ですね。今も伝わるのだろうか。
夏らしいかたちにはできないだろうか。
僕は文字をあらゆるかたちに練り上げて、ジグソーパズルを作るように、模索し、書き記していく。
やがて夕方になった頃、君は僕の髪を撫でながら言う。
「そろそろ行くよ。ゆっくり来ればいいからね」
「行くって、どこに?」
はっとして僕が顔を上げると、君の姿はどこにもなくなっていた。
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