ショパンの彼

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 永嶋くんは派手というか華やかというか、和美いわく軽薄らしいけど、とにかく目立つ。容姿はテレビの中のイケメン俳優並みで、歴代の彼女もそれに見合う美人だったりかわいい子ばかりだ。そう、いつも彼には彼女がいた。  わたしなんて面と向かって話したこともないし、視界に入っていても凡庸すぎて認知されていないんじゃないかと思う。面と向き合って、それを思い知らされるのが怖い。 「あら、いなくなってる」  和美の声に自動販売機へ目を向けると、永嶋くんと彼女の姿は消えていた。 *  中学一年の夏休み、妹が参加したピアノの発表会でわたしはショパンのノクターンに出会った。光放つステージから奏でられる、甘く気怠いメロディに心を奪われた。  ピアノのことはよくわからない。その日だって、両親の代わりに妹の演奏をビデオカメラで撮影するためだけに会場にいた。妹の出番も終わり、その後に友だちとプールへ行く約束もしていたから帰ろうとしていたところだった。  しかしその演奏の最初の一音で、わたしは動けなくなってしまう。ステージ上の彼は澄ました横顔でピアノを演奏していた。鍵盤の上をなめらかに動く指がきれいで、見つめるほど儚げな旋律が胸に響いて苦しかった。  その日の夜、妹に鼻歌でメロディを伝えたところ、「たぶん、ノクターンかな。ショパンの」と教えてもらったのだ。     
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