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カランカランと昔から変わらない鈴の音が鳴る。カウンターから店長がひょっこり顔を出す。
「おっ、麻衣ちゃん! 久しぶり! いつものかい?」
「はい。いつものでお願いします」
「はいよ! すぐつくるからねー」
一番隅っこの店内が見渡せるその席に座る。ここからお客さんの様子や窓の外を歩く人たちの様子を見るのが好きだった。そう。一つ隣のテーブル席にはいつもこの時間になるとサラリーマンなのかスーツ姿の男性が新聞片手に過ごしていて、カウンターでは常連のおば様二人組が談笑に花を咲かせていた。あんなふうに話が弾めばいいのにって何度思ったことか。
ーー卸し立ての白シャツに紺のジャケットが映画俳優みたいによく似合っていた。スラリと長い指先はとても綺麗で不意にドキッとさせられる。その指は優しくコーヒーカップの取っ手を握り、まだ湯気の立つ滑らかなブラックコーヒーを口に運んだーー
「お待たせ!」
映像を見ているみたいに鮮明に思い出された記憶を店長の声がかき消していく。代わりに目の前に置かれたのは、いつものブラックコーヒーと杏仁豆腐。
「じゃ、ごゆっくり!」
ここに来たら私が頼む唯一のメニューだ。もちろんケーキセットやトーストとか喫茶店によくあるメニューもあるが、それらを一度だって食べたことはない。
「いただきます」
ぷるぷるとした真っ白な杏仁豆腐をスプーンですくい口に迎える。口どけのいい柔らかな甘さが広がっていくーー。
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