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「君はまた杏仁豆腐か。好きだなぁ」
「む。ここの杏仁豆腐はとっても美味しいんです! 先生も食べてみたら?」
「いや、甘いのは苦手だから」
そう笑って先生は苦いコーヒーを飲んだ。知ってる。だって先生の隣にはいつだってコーヒーが置かれている。授業中以外は全部。職員室の机の上にだって、移動中の車内にだって、ここの喫茶店だっていつもコーヒーばかり飲んでいるんだ。
「君もたまにはコーヒー飲んでみたら?」
「嫌ですって。苦いもん」
「はは。相変わらず子どもの舌だね」
「! うるさいです! もう」
そしてコーヒーが飲めないというただその一点だけで子ども扱いしてくる。コーヒーなんて飲めなくても、背は165センチでそれなりだし、胸だってまあ……人並みくらいにはあるし、大人の体になっている。そりゃあ先生が横に並べばどうしたってバランスは悪くなっちゃうけどさ。そんなこと今さら気にするような間柄ではないわけで。
先生はその細長い指先で再びコーヒーカップをつかむとゆっくりと柔らかそうな口元へ運び、傾けた。長くてよく見るとほんの少しカールしたまつ毛に、吸い込まれそうな漆黒の切れ長の瞳。その瞳が私を視認して瞬いた。
「なに?」
静かなジャズナンバーがいつもより大きく聞こえた。あまりジャズは好きじゃなくて、やっぱりお気に入りはJ-POPだったけど、この昔ながらの喫茶店っていう感じのお店の雰囲気には合っている気がした。
今日こそ「言おう」と決めていた。いっつもそう決意しては揺らいでをもう何十回も繰り返していたけど、今日こそは必ずと。だから。私は前のめりになると目元にぐっと力を入れた。
「先生はどんな女性が好みなんですか?」
「好み? うーん、一言ではなかなか」
「私じゃダメですか?」
「えっ」
「私、先生のことが一人の異性として好きです」
心臓の音がバックンバックンってうるさかった。
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