ブラックコーヒーに杏仁豆腐を添えて

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昔のドラマに出てきそうな鐘の音が鳴ると、お店のオーナーらしき髭もじゃのおじさんが顔を出した。 「お、先生いらっしゃい。今日はお客さんも連れてきたのかい?」 「店長。僕もお客さんの一人だと思いますが」 「お客さんってのは勝手を知らない人のことを言うんだ。どうせ、先生はいつものコーヒーだろう? そっちの子はどうする?」 ぶしつけに見下ろされる視線にドキッとしたけど、目尻にシワのよったおじさんの細目はなぜだか暖かく感じた。 「あの……コーヒーはちょっと……」 おじさんは豪快に大きな口を開けて笑った。 「なら、隠れた看板メニュー、自家製杏仁豆腐はどうだ?」 「それなら、大丈夫だと思います」 「よし。すぐ用意するから、席へどうぞ」 先生は席が決まっているみたいに奥の席へ移動し、椅子をよけて私を一番奥に座らせてくれた。先生と向かい合う。二人きりで。これってーー心臓が落ち着かなかった。 なんでここに来たのか、連れてきたのか、先生とこんなことしていいのかーーいろんな疑問が沸いて。そしてまた学校での出来事を思い出して、何の言葉も出なかった。 「はい、お待ちどうさま。まずは、お客さんからだな」 目の前に出された杏仁豆腐は、とてもシンプルだった。 「食べてみな」 え? 食べるの見るスタイル? と思いながらもスプーンで杏仁豆腐を崩す。あっ……柔らかい。プルプルと揺れる杏仁豆腐を口に運ぶと、ふわっと温かみのある甘さがじーんと口いっぱいに広がった。 「おいしいだろ」 店長の言葉にコクコクとうなずく。その先の先生の顔が微笑んでいた。 「あっ! すみません! さきに食べて」 「いや、いいよ。嬉しそうに食べてるから、ちょっと安心した」 安心した、なんてまっすぐ言わないでください……。 「はいよ。先生。教え子を口説くなよ」 「わかってますよ、店長。そういうのじゃないんです」 「そうか。先生が誰かを連れてくるなんて初めてのことだからな。ま、ごゆっくり」ーー また車が止まった。 「さあ、着いたぞ」 「え? あ、はい」 いつの間にか学校の駐車場に着いていた。たくさんの制服姿が校舎に吸い込まれていく、いつもの光景。 そして、先生はいつものように車椅子を押して、教室まで連れていってくれた。
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