プロローグⅠ
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プロローグⅠ

「何とかなる」という口癖が嫌いになった。 努力は裏切らないという言葉がとにかく大っ嫌いだった。日が暮れるまで遊び続けていた頃の小学生とは違い、中学生になればテストの問題は格段に難しくなり、勉強しなければ高い点数は取れない世界に変わった。 しかし、その実態は違うと俺は断定する。常人が勉強をした所で点数は少し上がるだけ。九十点や満点を取る逸材たちとは別だ。彼らは多少の勉強で、授業中に遊びながらでも高得点を軽々と勝ち取る。常人とは、違う世界を生きていた。自分には分かる。努力では何とかならない才能の壁が上へ行く道を邪魔していた。 だが周囲の人間は「それは違う」と否定する。お前の点数が低いのは努力が足りないと、上にいる人間は影で努力を重ねていると口を揃える。大きな事を成し遂げた者が上から偉そうに何度も吐き気を催す演説は時間の苦痛でしかない。 何故なら彼らは最後に「誰でもチャンスはある」と平気な顔で言うからだ。 最善の努力をした結果が駄目だったのならば―――努力がまだ足りないと言われる。 それが自分の限界だと知ったならば―――限界まで頑張っていないと言われる。 何の根拠もない事をまるで全てを知ったかのように見透かす。得体の知れない自信を持って言う奴らが―――あまりにも残虐な存在だった。 そして、いつの間にか自分に取っての『努力』は負けた時の言い訳になっていた。 努力は夢を叶える物じゃない。俺は頑張ったからと『慰め』にしかならないのに縋ってしまっていた。激しく痛む心の薬……いや、アレは自分をさらに貶める麻薬だ。 だからと言って人生の全てに置いて敗北者のままでいるつもりはなかった。高校受験では『それなりに頑張った』のだから。 その後は無事に第一志望に合格して、新しい先生や新しい友達に出会え、それなりに充実した日々を送って―――あっという間に終わった。 当時はあんなにも楽しい時間だったと感じていたのに、卒業した後は絶望に酷似した激しい虚無感に襲われる。それはきっと高校でも自分は傍観者に成り下がり、敗北者であり続けてしまったからだ。 行事も勉強も、前向きな行動は一切しない。ただただ、高校生活は怠惰で平凡な日々を送った。 中学同様苦しむような努力をせず、成績は上がらず大学受験の第一希望は当然の失敗。辛うじて滑り止めに受かった大学に入学した。
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