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「……井上君?」 第一回の捜査会議を終えて、廊下を歩いていた時だった。 声をかけられて、顔をあげる。その声で話しかけてきたのが誰かはもうわかってはいたけど。 スーツの上に白衣を掛けた姿。それと眼鏡がよく似合う、理知的な雰囲気。だけど、声はどこか暖かみと愛嬌がある。そんな人物。 鑑識課の、山南秀一さん。 刑事と鑑識としての協力関係だけではなく、俺にとってこの人はもう、ただの同僚という訳では無くなっている。 優秀な成績で大学を卒業しそのまま鑑識官として採用され、その後においてもその才能、活躍は署内でも評判が高い。 その経歴と能力、そして常に何らかの証拠か書類と向き合っている様子から、孤高の天才という印象を抱かれがちだが、話してみると結構、面白いところがある。 ……そう、とある事件をきっかけに、俺はこの人と結構、話すようになった。 さっきまでの話で言えば『滅多にない』、俺の聞いた声が捜査の方針と異なるものであった、とある事件。 霊の声を聞いた、という俺の主張に、署内で初めて真面目に耳を傾けてくれたのは、意外にもガチガチの理論派に見えるこの人だった。 凶悪事件の捜査のときに本気でふざける刑事はいないだろう、という「理屈」で。 勿論、それで科学的には存在が証明されていない幽霊の存在をそのまま認めてくれたわけではなくて、彼なりに俺の発言の「内容」を検証してくれた形だけれども。 ……それ以来、俺にとってこの人は非常に心強い存在となっている。 そんな訳で、そこそこ顔馴染みになったよしみなのだろう。山南さんが、俺の様子を窺いながら話しかけてきた。 「……なんかあった? てまあそりゃあ、なんかはあるけどさ、今」 ……まあ、殺人事件の真っ最中ですからね。今。 でもやっぱりそれだけではないだろう、と、山南さんは更に俺の顔を覗きこむようにしてくる。 「……。い、え。大したことではないです」 何もないです、といってもこの人には見抜かれるだろうから、そう答えた。 実際、敢えて言うようなことは何もないんだから。 山南さんは、しばし顎に手を当てて、何か考え込むような仕草をした。
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