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「あのさ。井上君」 「はい」 「前に僕は、確かに、捜査に先入観を持ちたくないから、よほど緊急に優先して調べるようなことがない限り、下手なことは聞きたくない、とは言ったけどさ」 「……はい」 「それはそれとして、何か一人で知っとくには辛いようなことを抱えこむはめになったのなら、それはそれで心配するけど」 ……。 俺はまじまじと、この人を見返す。 ああ本当、先入観を持つって良くないよなあ。 化学系大学を首席で卒業した後の鑑識官採用。働きぶりは勤勉を通り越して執念を感じさせるもので、現場や証拠の分析は執拗なまでに精密。それでいて無駄に時間をかけているという訳ではなく、意識は常に正しく事件を解明することにある。 そんな評判から、何となく勝手に近寄りがたいと思っていたのだけど。 こうして普通に話せるようになると、つくづく──いい人なんだよなあ、この人。 皮肉でもなんでもなく、純粋に、様子のおかしい俺を気遣ってくれているのがわかって、……だからその優しさは、今は、逆にすごく申し訳なくなってくる。 「あの、大したことじゃないんです。本当。急いで話すことでも、無いです。今回、俺のことは気にしないで下さい。……つまり、普通の刑事として考えて下さいってことですけど」 何故申し訳ないか。 遠慮でもなんでもなく、実際、俺が今凹んでいる理由は実にくだらないからだ。 そうして俺は、いたたまれない気分になって、今回、俺の能力に意味がない、その理由をさっさと話すことにした。 「……『声』は、聞こえたんですけど、あの。意味分からなかったので。その、……日本語じゃなかったから」 俺が、そう言うと。 「……え」 山南さんはなんだか、暫く固まって考え込み始めて。 「え、ええぇええー? いや、えー? 何それ」 やがて、なんだか、予想以上に困惑した声を上げて、頭を抱えたのだった。
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